ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス ポーとダークキャノン / 伊藤 詔子(音羽書房鶴見書店)あふれ出る魅力と学術的興奮  ポー作品の根底にある核として沼地に焦点をあてる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月2日

あふれ出る魅力と学術的興奮 
ポー作品の根底にある核として沼地に焦点をあてる

ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス ポーとダークキャノン
著 者:伊藤 詔子
出版社:音羽書房鶴見書店
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先日、八○年代に活躍した少女マンガ家・内田善美の代表作『星の時計のLiddell』(集英社)を久しぶりに読み直していた。本作品の舞台はアメリカ、ナボコフを思わせるロシア移民の子孫で裕福なウラジーミルが、友人ヒューが繰り返し見る夢に出てくる屋敷を一緒に探す旅に出るという物語だ。シカゴから始まる彼らの旅は、南へ向かう。ようやく屋敷を見つけたとき、不思議なことにその屋敷の持ち主は、ウラジーミルの来訪を予期していたようだった。さらに、一九世紀に建てられたその屋敷には、美しい少女の幽霊が住んでいるというのだった。

この作品のタイトルにある「星の時計」は、エドガー・アラン・ポーの詩「ユーラリューム」で言及される「星時計」を想起させるが、本作では他にもポーの「夢の国」を幽霊の少女がそらんじる場面がある。エドガー・アラン・ポーという一九世紀アメリカ作家と、二○世紀の少女マンガ家との間にある親和性はいったいなんなのだろうか。ポーの影響は、絵画や音楽、そしてサブカルチャーにいたるまで、あらゆるところに見受けられる。このポーのユビキタス性とも言うべき魅力はいったいどこにあるのだろうか。

ポーやヘンリー・デイヴィッド・ソローをはじめとした一九世紀アメリカ文学研究を牽引してきた伊藤詔子による『ディズマル・スワンプのアメリカン・ルネサンス』は、こうしたポーの色あせない魅力を存分に物語る。本書は、三○年にわたってポーゆかりの土地に赴いてきた著者は、従来文学史的にはロマン主義と分類されてきポー作品を土地との関係から徹底的に読み直し、ポー作品の根底にある核としてスワンプ(沼地)に焦点をあてる。序章と終章をのぞき、五部構成一二章にわたり示されるのは、ポー作品の文学的想像力の意義と、ポーの文学的遺産が現代にまで「ダークキャノン」として引き継がれていることである。

デイヴィッド・ミラーのアメリカ文学における沼地論である『ダーク・エデン』(和訳は彩流社)を援用しつつ、本書はポーが死と幻想と結びつく場として、南部の沼地になみなみならぬ関心を抱いていたことを看破する。いわく、ポーは「ロマン派起源の風景を独自のアメリカ南部の土地の感覚へと大きく変容」させたのである。ポーの本質が宿るのは彼の詩であるとする本書では、イギリス・ロマン派とは異なる水や沼地のイメージを用いるポーに着目する。その一例として本書で論じられているのが、冒頭の『星の時計のLiddell』でも引用される「夢の国」であることは、ポーと少女マンガ作家である内田との共鳴関係を見ているようで、興味深い。

沼地はまた、ポー以外の作家たちにとっても様々な意味をもっていた。反乱を起こした黒人革命家ナット・ターナー、およびハリエット・ビーチャー・ストウの小説『ドレッド』に登場する黒人奴隷たち(とくに逃亡奴隷たち)にとって、沼地は単なる自然の形態を示すだけではなかった。同様に、「絶対的自由」「絶対的野生」および「原生自然」を保持する場と見なしていたソローは、「沼地」に政治的な意味を見出していたことがわかる。

沼地という場のもつ境界性はまた、ポーが描く不思議ないきものたちにも表れていることを本書は指摘する。黒猫、オランウータン、黄金虫、大鴉。人間の理性を揺さぶる役割をになうこれらの生きものたちは、「同時代の自然観と自然記述の枠組み」を越え、ポストモダン的性質を帯びているのである。そうしたポーの「先見性」を見て取る本書は、フォークナーやジョイス・キャロル・オーツを経由し、現代のエコクリティシズムへと読者をいざなう。

本書の序章と終章で、ポー生誕の地を記念してボストンにポーの立像が建立されたことが紹介されている。大鴉とともに歩くポーの像は、原稿の束があふれ出ているトランクを携えているが、これはポーのとめどない想像力を表しているかのようだ。本書もまた、あふれ出る魅力と学術的興奮に満ちた一冊である。
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2017年9月29日 新聞掲載(第3208号)
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