ヒーロー 家族の肖像 / ロート・レープ(西村書店)あなたが遭遇する似姿  生老病死と向き合う男とその家族のドラマ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月2日

あなたが遭遇する似姿 
生老病死と向き合う男とその家族のドラマ

ヒーロー 家族の肖像
著 者:ロート・レープ
出版社:西村書店
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父母や祖父母の話を、真摯に聞いておくべきだったという声を最近よく耳にする。

《痕跡を残さずに去ること。なぜそう考えることさえ、これほど難しいのか。とどまるもの、のちのちまで残るものを後に残したいと切望しなければすべてはシンプルなのに。なんらかの形で生き残りたい。なんとかそこに居続けようとする。それがまさに問題の始まりだ》このつぶやきの主は、ヒーローの愛称で呼ばれる七〇歳のヘルヴィッヒ・ヴィーラント。一族が経営する建材会社を継ぎ、大家族を思い描き、五人の子供たちと孫、曾孫に恵まれて順風満帆な人生を送っていた。ところが、腎細胞癌で余命宣告を受けた。

次男の結婚式に、病気をおしてドイツからスペインのマヨルカ島へ向かったヒーローと家族たち。イタリアの語学学校に通う次女のネレ(コルネリア)だけは欠席した。五人兄弟の真ん中のネレは、家族と距離を置き、客観的に家族を観察しうる第三者の目を持つ存在だ。生まれてすぐに一年間も父の大叔母とその娘に預けられていたことで、父への強いこだわりがあった。

《「幸せな家族はみなそっくりだが、不幸な家族はそれぞれに不幸だ」しかしトルストイも幸せな家族の背後に潜むものは見なかったようだ。表向きは微笑んでいる家族のその後ろにあるもの。ひょっとするとどの家族も、外部の人には幸せそうな仮面をかぶっているだけかもしれん》このモノローグは家族の妙と核心をついている。ヒーロー自身の家族のことであり、それぞれの子供たちへの不満や苛立ちを抱えていたからだ。

旅先でヒーローはこれまでの人生を回想する。明確な家族像と人生哲学を子供たちに伝えてきたはずなのに、理想と現実はちがう。《俺は何を教育してきたんだ》、《誇らしく思える子がひとりもいないなんてな》と嘆く。会社を継ぐ長男とは折り合えず、次男の広告代理店は経営不振。長女は夫との不和を抱え、孫娘は非摘出子を産む。妻は死と向きあえない。ヒーローが描いた家族、妻や子がイメージする父、その実像は同じではない。互いに見え方が違うのだ。ヒーロー自身、近寄りがたかった父の足にローズマリー軟膏を塗ってあげ、話をするために病室を見舞った息子であった。病がバラバラになっていた家族の実相と向き合うきっかけをつくり、双方向から歩みよった。残りの時間を共有できたのだ。

《死ぬのはいつもほかの人、というわけではありません。今度はわたしです》とユーモラスな死亡広告文案。ドナーになることを拒否し、葬儀の聖職者選びから演説の文面も書いた。いっけん悲劇俳優のように見えるが、最高の自己演出だ。歴史的人物でなくても、誰もが生きた痕跡を、人生や愛について語りたいと思っている。ヒーローの家族への最大のギフトは、次女ネレに託された。誰にも言えなかった秘密を告白した手紙と、ロト(ドイツの宝くじ)を入れた封筒が、家族ひとりひとりに手渡された。そしてヒーローは、最後の舞台を実にシンプルに閉じた。

海のなかで泳ぎながら思いをめぐらせるネレのシュールなモノローグと、《おまえは俺の司祭だ》などと、ユーモアと諧謔にみちたヒーローの名言の数々。このふたつの語り口が作品を香り高いものにしている。そして、避けられない生老病死と向き合っていくヒーローとその家族のドラマは、私(あなた)が遭遇する似姿なのだ。(新朗恵訳)
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2017年9月29日 新聞掲載(第3208号)
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ヒーロー 家族の肖像/西村書店
ヒーロー 家族の肖像
著 者:ロート・レープ
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