日本人そのものが、いつからか「顔」をなくしてしまった|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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編集室から
2016年8月12日

日本人そのものが、いつからか「顔」をなくしてしまった

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十数年ぶりに、小川紳介のドキュメンタリーを見る機会に恵まれた。『青年の環』『圧殺の森』『現認報告書』と、立てつづけに三本、製作順に見ていった。圧倒的な迫力であった。現在テレビで流れる多くのドキュメンタリーとは、まったく異質の作品である。やはり対象への迫り方が違う。そして、何よりも、映像にうつる人々の「顔」が、今とは異なる感じがした。当時の日本人とは、このような顔をしていたのか。そのことが強烈な印象として焼きついた。おそらく、それはドキュメンタリー映画だけでなく、劇映画(ドラマ)の中でもそうなのだろう。いや、おそらく日本人そのものが、いつからか「顔」をなくしてしまった。「軍人役をできる俳優が、いなくなった」とは、誰の言葉だっただろうか……。『三里塚』シリーズが既に発売され、年末までに20本すべてが出そろう予定である。これはひとつの「事件」といっていいだろう。DVD化に関しては、多くの困難が伴ったことが予想される。企画を断行(英断)したDIGレーベルのスタッフに、大いなる感謝をささげたい。 (A)
2016年8月12日 新聞掲載(第3152号)
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