同人誌の神様、清水信追悼号 「北斗」九月号、尾形明子「いつの日にか書くはずの清水信論のための備忘録」他|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. コラム
  3. 文芸同人誌評
  4. 同人誌の神様、清水信追悼号 「北斗」九月号、尾形明子「いつの日にか書くはずの清水信論のための備忘録」他・・・
文芸同人誌評
2017年10月10日

同人誌の神様、清水信追悼号 「北斗」九月号、尾形明子「いつの日にか書くはずの清水信論のための備忘録」他

このエントリーをはてなブックマークに追加
シクラメンや千里の道も 一歩から    軽舟

季節はめぐってまたシクラメンの鮮やかな朱色が我が家の窓際をかざるようになった。

そんなある日、二階の窓際に置いたFMラジオから流れてきた、民謡歌手の福田こうへいが歌う「ふるさと」をしみじみと聴いた。

午前中、二〇一六年度のノーベル文学賞を受賞したミュージシャンで作詞家の「ボブ・ディラン語録」を少しずつ読んでいる。

(曲を書いているときには、自由に連想する傾向があると感じるか)と問われ、「そもそも自分にとって曲はどれでも、すごく明白でシンプルなんだ。

自分がきちんと理解できないものを、曲にしたりしないよ」

曲の創作についてボブ・ディランはきわめて自覚的だ。興味深い語録を書けるというのは素晴らしい。

今月は、「北斗」九月号の「清水信追悼号」が充実している。ここに掲載された清水信の「(文芸時評)汚れたる指にて」(田中英光論)と、「なぜと問うなかれ――少し長い「私のいる風景」」の本格的な文芸評論二編が収穫である。

「田中英光が死んだ。僕は彼が個性十一月号に発表した小篇「さようなら」に触れ乍ら、この久しぶりの文芸時評の冒頭を書き進もうとしてゐた矢先であつたから、不吉な暗号に暫くは筆がためらふ」

当時は小説とともに各誌の(文芸時評)が注目され、読まれた時代だった。毎月の小説等は文芸時評によってまず評価された。

追悼号の尾形明子「いつの日にか書くはずの清水信論のための備忘録」は、文章にリズムがあるとともに清水について具体的な履歴が列挙されていて興味深い。

「毎月、清水節にぐるぐる巻きにされながら、感動し、いくつもの質問事項や感想でいっぱいになり……」。少しずつでも清水信論を早く発表してほしい。

寺町良夫「同人誌の神様は逝った」(「美濃文学」九十六号、談話室)にこうある。

「氏の鋭い文明批評や作品批評は、私たちの心に鋭く突き刺さって来るものが有った。斬新な文学観、鋭敏な批評眼で同人誌作家の作品を見守ってくれていたようだ」

清水信ら先輩作家たちの長年にわたる批評・創作活動や、多くの全国同人達のたゆまぬ研鑽などにより、全国に六百誌以上あるといわれる文芸同人雑誌のレベルが最近目にみえて向上。内容に多様性もあり、今では現代日本文学を支える大きな力になっている。

「吉村昭研究」三十九号。桑原文明「吉村昭試論39 法意識」他。荒川区の中央図書館・子供施設とともに複合施設「ゆいの森あらかわ」内に吉村昭記念文学館が開館した。

「ゆいの森あらかわ」の名誉館長には夫人で作家の津村節子さんが就任。オープニングセレモニーでは「私は、ここに来ればまた吉村に会えると思って、足しげく通いたい」と感慨深く話したそうだ。

この他、山田美枝子「許されざる者」(「まくた」二九二号)、創作「北村くにこ特集」(「人間像」一八七号)、東喜啓「たんぽぽ」(「民主文学」10月号)、武田純子「マイ・ホーム」(「安芸文学」八十六号)、秋亜綺羅「エッセイ 1200字のひとりごと」(季刊「ココア共和国」二十一号)、とうやまりょうこ「ヒア、ボトム」(「孤帆」二十八号)、涸沢純平著『遅れ時計の詩人』(「編集工房ノア」刊)にひかれた。
2017年10月6日 新聞掲載(第3209号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
白川 正芳 氏の関連記事
文芸同人誌評のその他の記事
文芸同人誌評をもっと見る >
文化・サブカル > 読書関連記事
読書の関連記事をもっと見る >