私にはいなかった祖父母の歴史 ある調査 / イヴァン・ジャブロンカ(名古屋大学出版会)論証しえない〈真実〉を「直観」する  情熱をもって記された歴史書|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月9日

論証しえない〈真実〉を「直観」する 
情熱をもって記された歴史書

私にはいなかった祖父母の歴史 ある調査
著 者:イヴァン・ジャブロンカ
出版社:名古屋大学出版会
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人は生まれる時代も場所も選ぶことはできない。私たちがこの暗い時代を生きるように、本書の主人公である二人の男女、マテスとイデサは1910年前後に当時はロシア領だったポーランドの或る村に生まれ、ロシア革命と二度の世界戦争に刻印された激動の時代を生きた。二人とも革命を待望する共産主義者で、その思想のために独立ポーランドからフランスへの亡命を余儀なくされた。しかし、二人はこの時代を生き延びることはできなかった。マテスは34歳、イデサは28歳で絶命した。ナチスの収容所で。民族差別のもとに虐殺された無数の人々と共に。

しかし、二人には娘と息子がいた。子供たちはマテスとイデサが収容所に連行される前に別の家族に匿われ、生き延びることができた。そのうちの息子のほうが著者の父に当たるものの、著者は父方の祖父母のことを直接には知らない。収容所で生を閉ざされた祖父母は、その最後の瞬間まで、どのような生を歩んできたのか。やがて歴史家の道を歩むことになった孫イヴァン(1973年生まれ)が取り組んだのはこの難題だった。

難題であるのは、二人の直接の証人がほぼいないことに尽きる。調査開始は2007年であるため二人の知人・友人はほとんど他界している。イヴァンの父にしても両親と離別したのは当時三歳のことであったから鮮明な記憶をもたない。それでも、著者は、祖父母の後の世代の家族・親族へのインタビューをおこなうほか、何よりも当時の保存資料や数多くの文献を文字通り徹底的に調べ上げ、この不在の祖父母の生に可能な限り近づこうとした。

本書は、家族の伝記である。しかも、家族や知人・友人以外には誰も知らないような、無名の人の生の記録だ。しかし、著者が言うように「一人の伝記は複数の人々の比較につながる場合にのみ価値がある」のではないか。著者はこのことを雪に喩えてこう言う。「雪崩の巻き込む力と各雪片の代置不可能な繊細さ」の双方を明らかにしなければならない、と。

敷延すれば、個別性への注視(個としての雪片)が人々の集合的な生の諸相(全体としての雪崩)の描出に繋がる、ということだ。その意味で、これはイヴァン・ジャブロンカという一人の歴史家の失われた家族の物語を超えて、私たちのそれとなる。「しかしそれはまた、あなたとあなたの子供たちであり、あなたとあなたの母、兄弟、孫たちである。なぜあなたたちなのか。私にはわからないが、しかしやはりあなたたちなのだ」

評者がもっとも感銘を受けるとともに今日的課題として受け止めたのは、マテスの思想性である。ポーランド生まれのユダヤ人が共産主義者であり続ける、とはどういう経験だったのだろうか。マテスとその仲間たちはシオニズムを反動と捉え、来たるべき共産主義革命に自らの生を託した。アルゼンチンに亡命した親族は「彼の全生活を、活力も余暇も週末も一切を共産主義に捧げてきた」ものの、スターリン主義の過ちやソ連の失敗を知る世代だ。しかし、その親族は共産主義を、ユートピアへの夢を決して捨て去ることはできない。

早世したマテスの場合はどうだったか。著者の徹底した調査で判明したのは、収容所に送られた彼の祖父が同胞の死体処理班「ゾンダーコマンド」の役目を強要されたという無情なる事実である。職業革命家の信念を、その人間性を徹底的に破壊されたマテスは、その最期をどのように生きたのだろうか。

それは著者にすらわからない。しかし、その最期の場面を推論していく場面は圧巻というほかない。

本書は、歴史書だ。史料読解と論証を通じて過去を極限まで修復するという点で。その上で、著者はあえて最後の一線を踏み越え、死者の声に近づこうとする。危うい賭けのように映る。しかし、その賭けのうちにこそ〈真実〉が垣間見えるのではないだろうか。歴史記述の方法論として推論的パラダイムを提示したカルロ・ギンズブルグの独創的にして古典的な論考「徴候」にならえば、本書が並外れた歴史書である所以は、論証しえない〈真実〉を「直観」することを恐れない、その情熱のうちにこそある。(田所光男訳)
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2017年10月6日 新聞掲載(第3209号)
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