マルセイユの都市空間 幻想と実存のあいだで / 深沢 克己(刀水書房)港町特有の猥雑性と魅力とは  明快な論点とともに浮き彫りにする|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月14日

港町特有の猥雑性と魅力とは 
明快な論点とともに浮き彫りにする

マルセイユの都市空間 幻想と実存のあいだで
著 者:深沢 克己
出版社:刀水書房
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マルセイユはパリに次ぐフランス第二の大都市とされるが、港町特有の猥雑性にもかかわらず(あるいはそれゆえにこそ?)実に魅力的な都市だ。その魅力の由って来る所以を、本書は明快な論点とともに浮き彫りにしようとする。まず著者は、この都市の(フランスにおける)「他者性」に注目する。もっと平ったく「異質性」と言ってもよい。というのは、フランスは元来中央集権制の強い国だが、パリの位置する北仏とマルセイユの位置する南仏の風土・言語・文化は改めて言うまでもなくかなり異質で、マルセイユを抱えるプロヴァンス地方には独特のプロヴァンス語があり、マルセイユ独特の語法のガイド本もある(また「反中央」という意味では、『モンテ・クリスト伯』で有名な沖合の牢獄島イフ島に据えられた大砲は、あろうことかマルセイユ市内に向けられていたという)。

加えて、マルセイユは別名「フォカイア人の都市」と呼ばれるが、これはイオニア系ギリシャ人の植民都市を意味し、その名マッサリアがマルセイユの起源とされる。このように古代の豊かな記憶を抱え、同時に商業・交易の一中心地としても機能した都市の、あえて分解して言うと「物理的」現実と、イデオロギー・幻想にも関わる「表象」的・「幻想」的ありようを如何に正確に捉えるか、見極めるか――それが「歴史的」視座というものだと著者はひそかに思い定めているかのようである。

実際、鉱山技師にして旅行家でもあったルイ・シモナンとか、その後のジャック・レオタール(第一次世界大戦当時の著名なジャーナリスト)らのマルセイユ像を精緻に検証し、また、第三共和政時における市民的自由の理念が中世期の「都市共和国」の栄光に結び付けられる経緯などに、この都市の孕む容易には解きほぐしがたい表象のありよう(「第三共和政へのマルセイユ市民の帰属意識には、複雑で二律背反的な感情がともなう」)を剔抉しようとする。

またマルセイユは、地中海を挟んで東方と向かい合う「東方の門戸」という表象も併せ持つ。これにはオリエンタリズムとか異国趣味が密接に結びつくが、興味深いのは、こうした表象の醸成に与った作家・画家の多くが、ラマルティーヌ、フロベール、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌのように「北部または内陸部フランスの出身」で、つまり「外来者の視点でマルセイユを眺めた」ということだ。画家シャヴァンヌに至っては、おそらく現地に足を運んだ形跡がなく、「ギリシァ植民市マッサリア」と「東方の門戸マルセイユ」という二つの絵画は「たぶんに想像の産物」と思われるが、それが「マルセイユの知識人たちにより受容され、みずからのアイデンティティの根拠に変換されて」いったとされる。

――とここまでなら比較的目にする表象批判とも言えるが、その表象なり幻想が「どの程度まで地中海都市の実存と合致しているだろうか」と本書は問いかける、この都市に「流入する「もの」と「ひと」、すなわち貿易と移民の観点から」。副題に「幻想と実存のあいだで」とある所以であり、(筆者などが言うのはおこがましいが)歴史家として実にオーソドックスな姿勢だろう。

先に「猥雑性」に触れたが、移民・難民・流民は20―21世紀の都市の宿命かもしれない。マルセイユの場合、オスマン=トルコの大弾圧から逃れてきたアルメニア人や、イタリア、そしてアルジェリアからの移民がよく指摘されるが、むしろ数字的に多い帰還者の方が問題だったことを本書は示す。それはともかく、サン=シャルル駅の高台から旧港へと坂を降りていく界隈のアラブ人街は、確かに「美貌なき都市」を象徴するのかもしれないが、EUの文化首都に指定されたのを機に(2013年)サン=ジャン要塞のすぐそばに設立された「ヨーロッパ・地中海諸文明博物館」(MuCEM)の留保抜きの素晴らしさは、この都市が「東方の門戸」のみならず今後「世界への門戸」たりうる可能性を示しているようにも思える。本書巻末の言葉を借りれば、「フランスと地中海、大陸空間と海洋空間とを融合させる創造的な「界面」の役割」ということである。

この記事の中でご紹介した本
マルセイユの都市空間 幻想と実存のあいだで/刀水書房
マルセイユの都市空間 幻想と実存のあいだで
著 者:深沢 克己
出版社:刀水書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月13日 新聞掲載(第3210号)
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