幕末の薩摩とアメリカ文学 第56回日本アメリカ文学会全国大会に寄せて|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年10月18日

幕末の薩摩とアメリカ文学
第56回日本アメリカ文学会全国大会に寄せて

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明治維新150周年、詩人・ハリスと薩摩藩士・長澤鼎の関係とは


鹿児島では来年、2018年の明治維新150周年に向けて、多数のイベントが企画されている。来年のNHK大河ドラマが『西郷どん』に決まったことも追い風となっている。そもそも鹿児島市中心部の加治屋町には、西郷隆盛や大久保利通の生家跡があり、「維新ふるさと館」や「維新ふるさとの道」なども配置され、明治維新の機運を作った地域性をアピールしてきた。その活動の集大成が来年やってくるというわけだ。

薩摩とアメリカ、とりわけ、薩摩とアメリカ文学の繋がりについてはあまり語られてこなかったように思う。1865年、薩摩藩は鎖国中であるにもかかわらず、五代友厚や森有礼ら19名の若者を、密航という形でイギリスへと派遣した。いわゆる「薩摩藩英国留学生」である。このうち、弱冠13歳の長澤鼎は、1867年、森を含む5名と共にさらにイギリスからアメリカに渡っている。彼らを受け入れたのは、Brotherhood of the New Lifeなる新興宗教を営むトマス・レイク・ハリスという男であった。

ロバート・V・ハインの『カリフォルニアのユートピア共同体』によると、ハリスは1823年にイギリスに生まれ、5歳でアメリカはニューヨーク州ユーティカに移住。カルヴィニズムの家庭に育ったが、継母への反発から18歳で万人救済主義(Christian Universalism)へと改宗することになる。1840年代のいわゆるフォックス姉妹による心霊現象を目の当たりにし、また、有名な霊覚者アンドリュー・ジャクソン・デイヴィスを知ったことで、スピリチュアリズムに心酔するとともに、スウェーデンボルグ思想に開眼した。

ハリスはこれにより、魂の遊離や、霊界の存在、霊媒師を通じた死後の世界との交信など、オカルト的な現象を信じるようになった。また、当時のスウェーデンボルグ主義者がそうであったように、その思想を実生活に適用して、ユートピア的な共同体を構想するようになったという。ハインは、超絶主義で有名なブルックファームの生活実験がスウェーデンボルグ思想とフーリエ主義の融合であったように、ハリスもスウェーデンボルグの言う「婚姻的友愛」("conjugial love")、つまり、身体と遊離した魂と魂の結びつきに基づいてBrotherhood of the New Lifeを創始したという。

この教団創立前後の事情を、長澤らの動向に照らして述べてみたい。ハリスは1858年に一旦イギリスに戻るが、布教の効果はなく、1861年、南北戦争勃発とともに自身の教義の必要性を思ってアメリカに戻り、Brotherhood of the New Lifeの創設にこぎ着けた。イギリス滞在時にハリスと出会い、その教義へと改宗したのがイギリス人ジャーナリスト、ローレンス・オリファントであった。オリファントは、1861年にハリスがニューヨーク州アメニアに設立した教団コロニーに合流している。その後、イギリスで長澤らに渡米を勧めたのが他ならぬこのオリファントであった。オリファントからの財政支援もあり、コロニーは同州ブロクトンに引っ越し、アメリカにやってきた長澤らがそこでワイン製造を学ぶことになる。1868年に森ら同僚が日本に帰国するも、長澤はハリスから大きな信頼を寄せられ、教団の運営までも担うようになった。1875年、長澤とハリスはカリフォルニア州サンタローザに拠点を移し、そこでファウンテン・グローブ共同体を設立、今日のカリフォルニア・ワインの一大中心地を育て上げることになる。その後、長澤がバロン・ナガサワと呼ばれカリフォルニアの著名人となったことはここで述べるまでもないだろう。

私が強調したいのは、実は、ハリスは大量の詩作品を出版した詩人であったという事実である。An Epic of the Starry Heaven(1855)やHymns of Spiritual Devotion(1857)、The Joy Bringer: Fifty Three Melodies of the One-in-Twain(1886)など、20以上の作品を残している。その多くはハリスが取り憑かれたように歌った詩歌の記録であり、長澤がそれを直接聞いた可能性もある(後に森が派遣した新井奥邃はハリスの教義を大いに受け入れていた)。前期の作品はまさにスウェーデンボルグ思想を濃厚に反映しており、エマソンやホイットマンを想起させる。それでなくとも、生涯独身を貫いた長澤に「婚姻的友愛」の形跡を認めることも可能だろうし、何よりスピリチュアリズムやユートピア共同体、カリフォルニアへの西漸など、19世紀アメリカ文学のエッセンスがハリスを通じて長澤に注入された可能性もある。幕末の薩摩藩士がアメリカ文学の洗礼を受けたとも考えられるのである。

果たして、明治維新150周年で、長澤とハリスの関係は、世間の注目を集めるのだろうか。来年に注目したい。


【第56回日本アメリカ文学会全国大会開催概要】
開催日:2017年10月14日(土)、15日(日)
会場:鹿児島大学 郡元キャンパス(〒890-8580 鹿児島市郡元1-21-24)
プログラムの詳細は、「日本アメリカ文学会」HPより

2017年10月13日 新聞掲載(第3210号)
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