R帝国 / 中村 文則(中央公論新社)「捻転した現実」を提示するメタフィクションを越えた文学|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月21日

「捻転した現実」を提示するメタフィクションを越えた文学

R帝国
著 者:中村 文則
出版社:中央公論新社
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 R帝国(中村 文則)中央公論新社
R帝国
中村 文則
中央公論新社
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朝、目が覚めると戦争が始まっていた。

このカフカの『変身』のような印象的な書き出しで始まる本書は、R帝国の最北の島であるコーマ市における奇妙な戦争をめぐる策謀がテーマとなっている。すなわちY宗国のテログループによるコーマ市への侵攻が、じつは同盟国であるA共和国の要望で、G宗国と対立するY宗国への攻撃理由をえるためのR帝国の国家党による自作自演だったというものである。物語は錯綜しているものの、男女二組の関係性に留意しながら読み進めると分かりやすい。

まず一組目は、矢崎とアルファである。コーマ市に居住している矢崎は、Y宗国のテログループの女性兵士であるアルファと出会う。彼女によるとG宗国とY宗国はもとはGYという一つの国であったが、G宗国から送り込まれた六人の工作員により同じヨマ教徒なのに分離独立し対立するに至ったという。これは今日の混迷する中東の現状を語るような逸話である。もう一組は、栗原とサキである。栗原は野党のトップである片岡の秘書である。野党といってもR帝国は国家党による一党支配がつづいているため無力なのだが、片岡の指令によりLという地下組織の第三世代にあたるサキと知り合い、コーマ市への侵攻のもう一つの目的が、特定の人種に効くウイルス散布だったという事実を知る。しかも野党のトップである片岡は、国家党の支持母体であるR教会からLへ送り込まれたスパイで、Lの第一世代を壊滅に追い込んだ張本人という設定である。こちらは現代の自民党による絶対安定多数の確保という状況を反映する一方、戦中のF機関に代表される特務機関による工作のようなエピソードであろう。

カルト教団をテーマとした『教団X』(集英社)は、ドストエフスキーの『悪霊』をも超えた壮絶展開であった。またピエール・ジャネの『症例マドレーヌ』を文学にしたような『私の消滅』(文藝春秋)は、手記・手紙・メール・添付資料を挿入することで謎を深めるだけでなく、人間の暗部を浮き彫りにした。ここ三年の中村作品の文脈で考えると、『沖縄戦』と題するフィクションという設定で、コーマ市の地政学を語る箇所が大きな意義を有している。つまりコーマ市は北、沖縄は南に位置するものの、Y宗国のテログループによるコーマ市への侵攻は、米軍による沖縄への攻撃とパラレルな出来事であり、これは沖縄戦を忘却の彼方に追いやる日本の現状をクリティカルに読者に考えさせる仕掛けであろう。またHPという機械学習をする人工知能を搭載したデバイスも、二〇四五年に人工知能が人類を凌駕するといわれる今日、人工知能がシステムの権力を抑制するよりは、むしろそれを強化する可能性があるとも考えられる。もちろん矢崎の元HPやサキのHPに希望を見いだすことはできようが、マイクロソフト社が開発した人工知能「Tay」が、ツイッターで「ヒトラーは正しかった、ユダヤ人は嫌いだ。」と暴言を放ったように、人工知能の判断は往々にして危険を伴う。

とはいえ本書は、単なる風刺小説でも寓話でもなく、むしろメタフィクションを越えた文学だと思う。つまりメタフィクションは、現実をフィクションの力で反転させた文学である。ところが本書は、その反転した現実を今一度フィクションの力で捻り、私たちにその「捻転した現実」を提示する。そのことにより今後の世界の行く末を考えさせる体の「メタ思想小説」だと考えるべきだろう。中村曰く「現実が物語の中で『小説』で表現されるという、ある意味わかりやすい手法をとったのは、逆の発想として、今僕達が住むこの世界の続きが、この小説の行く先を、明るいものにするか、暗いものにするか、決める構図にしたかったからだった」。記憶喪失者のように半径5メートルの幸福に浸ること。それはとても居心地がいいだろう。しかし止まって考えよう。私たちの未来に記憶が必要なことを。そうした問いかけを本書の行間から読みとった。

この記事の中でご紹介した本
 R帝国/中央公論新社
R帝国
著 者:中村 文則
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
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