シンパサイザー / ヴィエト・タン・ウェン(早川書房)主流に属さない立場から揺さぶりをかける他者の文学|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月21日

主流に属さない立場から揺さぶりをかける他者の文学

シンパサイザー
著 者:ヴィエト・タン・ウェン
出版社:早川書房
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「植民地的状況では、アイデンティティ問題は、日々の重荷となる。自分が誰であるかについて思い悩まなくてもいい贅沢は支配者側のものです」――イーグルトン『批評とは何か』にあるこの言葉を、本書の主人公ほど如実に体現する存在はない。作品の舞台は、ヴェトナム戦争末期のサイゴンとアメリカのヴェトナム人難民コミュニティ。主人公で語り手の大尉には名前がない。彼はフランス人神父とヴェトナム人少女とのあいだに生まれた私生児で、北ヴェトナムのスパイとして南ヴェトナムの将軍のもとで働く元カトリックの共産主義者だ。このアイデンティティの苦悩を被支配者の声で・・・・・・・表現すること、それこそが自身も難民である作者が本書で目指したことにほかならない。

物語はサイゴン陥落のシーンからはじまる。主人公は勝利者である北側のスパイだが、南側の亡命先での動きを探るためアメリカに渡る。そこで難民生活を送りながら、あらゆる次元でアイデンティティの葛藤に直面する。とりわけ象徴的なのが、ヴェトナム戦争に取材したハリウッド映画の撮影に協力する場面だ。『地獄の黙示録』を思わせるこの映画の台本を読んだ主人公は、「[彼らが]ヴェトナムについての映画を、ヴェトナム人が誰一人として一言も理解できる言葉を発することなく、語っている」ことに衝撃を受ける。そしてヴェトナム人を正しく代表/表現リプリゼントさせようと、ハリウッドの圧倒的な力に立ち向かう。

本書の物語は、「司令官殿」への告白文の形式で綴られる。つまりヴェトナム人がヴェトナム人に語る形式をとる。これはきわめて示唆的だ。作者は、白人が圧倒的多数を占める主流の読者コミュニティへ直接語りかけるのを拒む。そうすることで、力を持つ側の言説に回収されることなく、被支配者の声をそのまま代表/表現リプリゼントしようと試みるのである。この作品が大手出版社からことごとく拒絶され、独立系出版社グローヴ/アトランティックから刊行されたことにも、作者のこうした姿勢が表れているといえよう。

多数派の読者にとって、本書は他者の文学である。しかし、主流におもねることなくその他者性を堅持しながらも、作者は巧みに彼我を架橋する。スパイ小説としてのスリリングなプロットが、読者を作品世界に引きこむ。文学研究者でもある作者は、自らの作品が文学史上に占める場所を自覚している。意識的に拒むものは拒みながらも、同時に既存文学の布置のなかに作品を位置づける。さらには、上質な日本語訳からも読みとることができるように、英語という言語をきわめて豊かでユーモラスに使いこなし、読む者を虜にする。

そういった作者の力量が総動員される最終部分は、まさに圧巻だ。英語の表現を換骨奪胎することで、教条主義と虚無主義の両極に偏りがちな主流の文学と社会に、そのいずれにも属さない他者の立場から揺さぶりをかける。独善的な普遍主義を振り回すことと、虚無を結論としてそこに安住すること、それができるのもまた支配者側の贅沢にほかならない。それに抗い、を前提としながらもそれぞれの生に根ざしたを模索すること、その意義を伝えるのが他者の文学である『シンパサイザー』だ。名前のない他者に共感するシンパサイズこと、それが文学と社会を確実に豊かにする。これはいま、切実に求められていることでもあろう。本書の語りにぜひ耳を傾けてもらいたい。“われわれ”の地平を広げてくれて、なにより抜群におもしろいのだから。(上岡伸雄訳)
※文庫版(上・下巻各720円)も同時刊行

この記事の中でご紹介した本
シンパサイザー/早川書房
シンパサイザー
著 者:ヴィエト・タン・ウェン
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
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