マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々 / 工藤 律子(岩波書店)閉塞感に抗うために  未来のない絶望の感覚を理解させる取材|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々 / 工藤 律子(岩波書店)閉塞感に抗うために  未来のない絶望の感覚を理解させる取材・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年10月21日

閉塞感に抗うために 
未来のない絶望の感覚を理解させる取材

マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々
著 者:工藤 律子
出版社:岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
メキシコの麻薬戦争は、ドラマや映画、小説等で、その極端な残虐性ばかりが描かれるが、その本当の恐ろしさを伝えることは、実はとても難しい。メキシコ社会を生きることにならない限り、あの閉塞感、未来のない絶望の感覚は、共有されにくいだろう。

本書は、その感覚を、2010年から現在に至るまでの丁寧な取材で、読む人に理解させてくれる。

閉塞感の一つは、麻薬カルテルの影響力が強い地域、特にスラムの少年たちには、カルテルの下部組織であるギャングに入る以外、生きていく選択肢が皆無に等しいという実態である。経済的に稼げる仕事が麻薬関連しかない、というだけでなく、居場所がそこしかないのだ。仲間は皆ギャングになるし、カルテルの男たちからは強引な誘いが続く。半ば強制的に、メンバーになるほかないのである。

著者は、そのような風土を変えようと格闘しているNGOの人たちを、訪ね歩く。その中には、元ギャングのメンバーだったが足を洗って、非暴力という生き方を広めている者たちも少なくない。

かれらの活動から見えてくるのは、暴力が普通のものとなっている日常を、子どもたちが生きている現実である。それはカルテルや警察などの暴力以前に、父親の暴力としてまず始まる。妻や子どもを殴っても咎められず、暴力で物事を決める男たち優位の文化、すなわちマチスモが、子どもの心に刷り込まれていく。その中で、男子はどんな暴力でも振るえる「勇者」として認められることを目指し、女子は耐えることを強いられる。

この光景が他人事に思えないのは、例えば沖縄の暴力被害者の女性に聞き取り調査をした上間陽子『裸足で逃げる』で明らかにされるマチスモの構造と、そっくりだからだ。日本的な排除の暴力の根底に、この男性至上の感覚が根強く働いていることは、母子家庭の貧困率の異常な高さを見ても了解されるだろう。

メキシコの麻薬カルテルの暴力性がマチスモに根ざしていることのもう一つの表れは、性犯罪と女性の人身売買が非常に多いこと。アメリカ国境のシウダー・フアレスは、麻薬戦争の激化で2010年ごろに世界一殺人件数の多い街となったが、それ以前から、工場労働の若い女性たちが大量に殺されたり行方不明になったりしている。そしてその傾向は今や、メキシコ全土に広がりつつある。

ここに、もう一つの閉塞がある。女性の人身売買も誘拐ビジネスも、カルテルが警察や軍、政治、メディアと結びつくことで隆盛を極めているという点だ。犯罪を裁く側が、犯罪者と一体化しているので、罰せられることは少ない。被害者たちは訴える先がなく、泣き寝入りするか、自力で事実を明らかにしようと努めるか、しかない。

後者の例が、この絶望に光をもたらす。43人の学生が行方不明になった事件をきっかけに、被害者の家族たちがグループを作り、自ら遺体を探し出す活動が相次いでいる。常に脅しを受け命の危険に晒されるが、大規模な秘密の墓地を発見するなど、大きな成果を上げている。

最後の閉塞は、一般の人々の無関心である。
「メキシコ社会は長きにわたって、“非政治化”されてきました。PRI(政権を握る党)が七〇年以上の年月をかけて、市民の権利意識を奪ってきたのです。その結果、国民の八割は市民としての考えを持たなくなりました」

著名な反麻薬戦争の活動家のこの言葉は、まるで日本社会の分析のようではないか。メキシコの閉塞とはじつは世界の閉塞だということを、本書は教えてくれる。

この記事の中でご紹介した本
マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々/岩波書店
マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々
著 者:工藤 律子
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
星野 智幸 氏の関連記事
工藤 律子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
社会・政治 > 海外事情関連記事
海外事情の関連記事をもっと見る >