歌舞伎とはいかなる演劇か / 武井 協三 (八木書店古書出版部)◇本書が一つの道標に◇  本質を考えるための視点を与える|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月21日

◇本書が一つの道標に◇ 
本質を考えるための視点を与える

歌舞伎とはいかなる演劇か
著 者:武井 協三
出版社:八木書店古書出版部
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歌舞伎という芸能を観劇したことがあれば、誰もが素朴な疑問や違和感を感じた経験があるであろう。なぜ歌舞伎は長大なストーリーの一部しか演じないのか、なぜ観客達は客席で弁当を食べるのか、なぜ女形(女方)が存在しているのか等々である。本書では、歌舞伎の特色を「当代性」「断片性」「好色と売色」「饗応性」「女方」「見立て」であるとする。現在の歌舞伎ではこうした特色は薄れつつあるが、わずかにその痕跡は残っており、これが現代人の歌舞伎に対する疑問や違和感へと繋がっているのである。

本書には、「一般の人々にも届くような専門書」という著者の思いが込められている。その意味で、出雲の阿国が歌舞伎踊りを始めてからおよそ百年後の初期の歌舞伎資料を用いつつも、冒頭に記した六つの特色から、歌舞伎という芸能の輪郭を平易な文章によって浮き立たせる本書第一部は成功していると言えよう。

第二部では、各特色について実証的な論証を行い、歌舞伎の本質を理解するための指針を提示している。例えば、色白の「憂い顔」だった岩井粂之助という地味な女方に注目し、若さと美しさを売り物にしていた美少年の若衆方時代から、年増の女性役を演じる花車方時代迄の半生を追う。しかも、花車方となった粂之助は、現代の芸能プロダクションのように「抱え主」へと出世し、若い役者達を抱えた。具体的には、他の役者と男色の夫婦となって同棲している自宅に、抱えの役者達を同居させて教育と面倒を見るかわりに彼らの出演料を劇場側から貰っていたとする。歌舞伎の売色性については、光り輝く舞台の裏側に潜在していた闇の世界である。若い役者が客の性的な相手も勤めていた17世紀から18世紀の歌舞伎を考える上では、決して避けて通ることはできない問題であるが、実は専門書でもこのことについて深く言及するものはそれ程多くない。

粂之助の考察では、当時の役者の生活実態が垣間見えて、まるで初期歌舞伎の時代における女方のドキュメントを読んでいるような気分にさせてくれる。これまで知られていなかった粂之助像を浮かび上がらせるために使用されるのは、膨大な基礎研究の礎の中から著者によって精密に選び取られた武家の日記や記録、役者評判記、歌舞伎番付、浮世絵といった資料の数々である。著者の実証的な姿勢は、本書全体に貫かれる。劇場とは別のもう一つの演劇空間であった座敷芝居の様相や、玉川千之丞による嫉妬に狂う女の「うわなり」の演技、大名の前で景清役の団十郎が披露した荒事の実態、また緻密に考証される初期歌舞伎資料『役者絵尽し』や『江戸芝居町図屏風』のいずれもが、著者をはじめとした多くの研究者達によって、これまでに何十年もかけて築き上げてきた基礎研究の成果である。慎重に且つ誠実な態度で資料を読み取ろうとする著者の態度が随所に見受けられるため、提示される資料はどれも考察を裏付けるための断片的な事例として取り上げられているに過ぎない。だが、長年史料研究に携わっていた著者の手にかかると、論証の程良い肉付きとなって、事象があたかも目の前に現れたかのような現実性を帯びてくる。その上で、歌舞伎が内包している特性を浮き上がらせ、本質を考えるための視点を与えてくれるのである。

時おり示される著者の想像や直感については、異論が出てくるかもしれない。しかし、著者が本書に託した願い、すなわち今後も続いていく歌舞伎研究の道程において本書が一つの道標となり、先学から後進の研究者へと引き継いでいく役割を果たすことになるのは確実であろう。

この記事の中でご紹介した本
歌舞伎とはいかなる演劇か/八木書店古書出版部
歌舞伎とはいかなる演劇か
著 者:武井 協三
出版社:八木書店古書出版部
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2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
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