SOSの猿 / 伊坂 幸太郎(中央公論新社)伊坂幸太郎著『SOSの猿』 大正大学 河野 竣伍|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年10月21日

伊坂幸太郎著『SOSの猿』
大正大学 河野 竣伍

SOSの猿
著 者:伊坂 幸太郎
出版社:中央公論新社
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SOSの猿(伊坂 幸太郎)中央公論新社
SOSの猿
伊坂 幸太郎
中央公論新社
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小説、『SOSの猿』を読んだ私は、正義とはなんなのか、悪とはなんなのか、それが分からなくなっていた。正確に言えば、我々人間が引き起こす、または意図せずとも引き起こしてしまうアクションの、どこまでが正しくて、どこまでが正しくはない、ということになってしまうのか、その辺りの概念がひどく曖昧なものとなってしまっていたのだ。そして、それこそが伊坂幸太郎の狙いであり、私は、小説を読んでいる時も、そして今も、彼の手のひらの上をぐるぐると回り続けているのである。

『SOSの猿』は、ある二人の男の話を主軸としている。一人は、引きこもりとなってしまった知り合いの息子を渋々救おうとするもぐりのエクソシスト、遠藤二郎。もう一人は、被害総額三百億円を叩き出した株の誤発注事件の原因調査を命じられた男、五十嵐真。さらには、母娘監禁虐待事件や、かの斉天大聖孫悟空も絡んでくる。このちぐはぐな、ともすれば、ぐちゃぐちゃとも表現できるような設定と、その活かし方もこの作品の魅力ではあるが、あえてここで深く触れるのは遠慮しておくことにしよう。

さて、今一度はっきりさせておきたい。私がここで論じるのは、この物語が描く「善悪の曖昧さ」である。たとえば、この小説の中では、ある交通事故が描かれている。深夜、道路に飛び出してきたコンビニ店員を婦人が轢き殺してしまう。彼女は子供もいる身で仕事もクビになり、借金をし、借金取りから脅されている。遠藤二郎は被害者が務めていたコンビニの店長からこの話を聞いた時、思わず「災難でしたね」という。そして「どっちがだ」と店長は言い返す。確かに、考えてみればどっちが災難なのか、ひどく曖昧だ。道路に飛び出してきた男を轢き殺したせいで生活を失った婦人か。止まれなかった車に轢かれたせいで命を失った男か。災難なのはどちらか。悪いのはどちらなのか。だれもが頷ける、明確な答えはきっとないだろう。

作中、孫悟空が遠藤に、暴力とは悪かと問いかける場面がある。むやみにではなく、そうしなければならない状況で振るう暴力は悪なのかと。ここで私は完全に分からなくなってしまった。この世の中には完全なる悪行も善行もありはしない。しかし、人間は人間の行いに腹を立てる。それが悪行であるという証明もないのに、腹を立て、懲らしめてやろうと考える。それは、ともすれば殺してやろう、という殺意にもなりえる危険な思想だが、もしそこで相手を害してしまったならば、それは悪行なのだろうか。もし、そこでなにもせず、静観することで、その者が他の誰かに害を及ぼしたとしても、なにもしてはいけないのだろうか。善悪とは、その境界線とは、果たしてどこにあるのか。私は、それを見失った。そして、ぐるぐると飛び回る私に、遠藤二郎が、五十嵐真が、伊坂幸太郎が、孫悟空が問いかける。「本当に悪いのは誰?」

この記事の中でご紹介した本
SOSの猿/中央公論新社
SOSの猿
著 者:伊坂 幸太郎
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
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