セックス・イン・ザ・シー / マラー・J・ハート(講談社)海生動物の性行動と性現象  最新の知見に基づいて語る|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年10月28日

海生動物の性行動と性現象 
最新の知見に基づいて語る

セックス・イン・ザ・シー
著 者:マラー・J・ハート
出版社:講談社
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「性」に関する知識や思想の歴史と現状を、大学の「科学史」の講義で扱っている。その際、いつも感じるのは、生物学的「性」を人間の「性」理解のモデルにすることや、人間の「性」が生物学や医学の知識や情報のみで解明できるという考えが、非常に強力だ、ということだ。そうしたモデルや考えは、そのままあるいは断片として、人々の「性」についての把握を縛っているように思う。

このモデルや考えが一面的であるのは、少しの反省意識ですぐにわかる。人間の「性」は、有胎盤類に特有の「性」の枠内にある。そこを超えることはできない。一部の魚類の「性」に見られるような、自然的「性転換」が起きることはない。人間の「性」は、また、異性二個体間での体内受精という形をとりやすい。サンゴ類などでみられるようなタイミングを高度にそろえた集団での体外受精はありえない。

『セックス・イン・ザ・シー』は、かつての人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』を意識したタイトルにみえるが、主人公は人間ではない。海生動物の性行動や性現象が最新の知見に基づいて広く語られている。そこでの事例を人間に当てはめるといかに奇妙であるか、ということを、おかしげなショートストーリーに仕立てているのもご愛嬌。この本を通読すると、多様な博物学的「性」のあり方の中に、特殊な人間の生物学的「性」が位置づくのではないか、という視野を開いてくれそうだ。

そもそも、海生動物の性行動や性現象の多様性と、陸生動物では考えられないあり方は、19世紀に生物学が成立し、「性」がそこでの重要なテーマとされて以来、「性」の博物誌として何度となく書かれてきた。20世紀の後半に「生存戦略」を解明しようという流れが勃興するにおよんで、性現象の多様性は、進化という枠内で、あるいは、遺伝子の自己複製の最大化という文脈で、「合理的」な説明が与えられてきている。とはいえ、現象自体は「奇妙」な場合もあり、想像を超えることもある。

深海性のアンコウでの、大きなメスと、それに比べると精巣だけに極小化してしまいメスの体内に寄生するオスの例は、古くから注目された古典的例だ。『セックス・イン・ザ・シー』でも「メスの性の奴隷となるオス」の一例としてミツクリエナガチョウチンアンコウの生態がまとめられている。最新の研究で言えば、クジラのヴァギナ構造の解明も興味深い。種間比較すると、ヴァギナの相対的複雑さと同種オスの精巣の相対的大きさが相関しがちらしい。こうした「性」の秘密の解明、そして、多様な「性」の物語自体、知的好奇心を満足させる。

ところで、この本の最大の特徴は、海生動物の「性」や生殖の研究を、人々の日常に結びつけて考えるしつらえである。世界的に人気急拡大の「スシ」。そのネタであるマグロやウニなどが、生殖・繁殖のシステムを考慮に入れない漁法や漁船の性能アップ、漁業労働を人身売買によってまかなおうというブラックビジネスなどのため危機に瀕しているという。もちろんフカひれスープ用のサメの漁獲も大きな問題だ。

「性衝動のギアを入れる」という最終章では、その表題からは想像できない、地球規模での漁業のあり方の分析とオルタナティブな提案がなされている。日本のスーパーで野菜を購入するとき、生産者が見える商品を選ぶ場合がある。しかし、魚や海産物を購入するとき、その品の来歴を気にすることは少ない。「天然」か「養殖」かだけが消費者側へ提供される情報ではないか。私たちがスシやフカひれスープを長く楽しみたいならば、地球環境全体の持続可能性への配慮も必要だが、個々の海生動物の生殖や生態を理解することで、それぞれの種を一定の規模に保つ管理や調整も必要ではないか、という問題提起は重要だ。著者はかなり楽観主義的な立場でこの本を書いている。しかし、「回転寿司がなくなった未来」の現実性もひしひしと伝わってきた。(桑田健訳)

この記事の中でご紹介した本
セックス・イン・ザ・シー/講談社
セックス・イン・ザ・シー
著 者:マラー・J・ハート
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月27日 新聞掲載(第3212号)
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