対談=野矢茂樹×難波博孝 言葉が変われば日本が変わる 『大人のための国語ゼミ』(山川出版社)を基軸に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年11月9日

対談=野矢茂樹×難波博孝
言葉が変われば日本が変わる
『大人のための国語ゼミ』(山川出版社)を基軸に

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『大人のための国語ゼミ』(山川出版社)が刊行されて三ヶ月、売上を伸ばしているという。
なぜだろう。日本に住むほとんどの人が、日本語に触れない日はなく、それゆえかそれにも関わらずか、職場で家庭で学校で、言葉による摩擦にスッキリしないものを感じているのかもしれない。
そんな我々を、「もう国語の授業から離れてしまった人のために、つまり子どもたちのためではなく大人たちのために、国語の授業をしよう」と誘うのが、著者で哲学者の野矢茂樹氏。
野矢氏は「言葉が変われば、日常生活も変わり、社会も変わるよ」とおっしゃる。

対談のお相手は、広島大学教授の難波博孝氏にお願いし、現在の学校における国語教育から社会における国語まで、じっくりお話いただいた。   
(編集部)

第1回
国語力は、「愛」だ。

難波 博孝氏
難波 
 昨今は、大人も「国語」に自信が持てない時代ですよね。
野矢 
 国語力が昔より落ちているとは思わないのだけど、明らかに今の方が昔よりコミュニケーションにかかるストレスが大きいとは感じますね。多くを語らなくても分かってもらえるという状況ではなくなってきている。
難波 
 人と人が分かり合うことはそもそも難しいことだけど、ネットやスマホの普及もあって、より通じ合えなさを感じている人が多い気がします。そんな時代に、『大人のための国語ゼミ』が刊行されました。僕がこの本の中で一番いいと思うのは、「相手のことを考える」という相手意識から始まっていること。
野矢 
 その点は難波さんの監修した『論理力ワークノート』も同じで、偶然一致していて驚きました。
難波 
 刊行もほぼ同時期でしたよね。僕のは高等学校の生徒向けに、論理力を磨くためのサブテキストですが、『大人のための国語ゼミ』と、セットで使って欲しい(笑)。

僕は、論理学者たちの、相手の存在を切り離して論理のみを追究しようとする姿勢に疑問がありました。そういう中で野矢さんが、対話を大切にした、日常の国語力を鍛えるための論理の本を作ってくれた。それがとてもうれしいんです。相手によって論理は変わるでしょう、本当に分かってもらおうとして話していますか、そういう指摘から始まっている。これで話がしやすくなった(笑)。
野矢 
 当然、コミュニケーションとは相手あってのもので、相手がなければ、論理も死んだものでしかないですからね。

それと、ここから始めたのはもう一つ理由があって、国語学習は、この本を一冊読めばクリア、というものでは決してないでしょう。これをきっかけに、ようやくスタートに立てるというぐらいに、生きた国語を学ぶのは、時間がかかるものだと思います。語彙を得るにせよ、状況に応じて適切な発言をするにせよ、実際に場数を踏まないと身につかない。

だからけっきょく近道になるのは、この人に分かってほしい、という相手と出会うことなんですよ。子どもにとって、物分かりのいい大人とか、先回りして理解してくれる先生なんてのは、害悪でしかないんです。むしろ、どうしてこんなに伝わらないんだろう、分かってくれないんだろう、でも分かってほしい。そういう気持ちが、国語力を身につけるには必要です。そういう経験なしに、いくら教科書でスキルを学んでもだめだろう。そう思うので、この本は「相手のことを考える」というところから、始めたのです。
難波 
 相手意識からスタートして、誰かと分かり合おうとすることが、突き詰めれば国語を学ぶ意味の全てだと。これはもう、「愛」ですよね。
野矢 
 「愛」だね(笑)。分かるからつながるのではなくて、必要なのはよく分からない相手と、何とかつながろうとする闇雲な力。これはもう、「愛」以外に言葉がみつからない。

この本には仲島ひとみさんという方が、漫画イラストを描いてくれているんだけれど、彼女に最後に好きなように感想を書いてください、と頼んだら「国語力は愛だ」って。
難波 
 ちゃんと伝わっていますね。野矢さんの本には愛が溢れていると思います。皆どこかで諦めてしまうんですよ、人を分かろうとすることを。大学にも人間関係を作ることが難しい学生がいますが、そういう子たちは、思っていることと言動がずれてしまっていることが多い。ところが周りの人は、表面的な言動に反応して、どうせ理解し合えない、と距離を置く。興味や関心がなければ、なかなかその先へは踏み込まない。現代は、他人に対する関心が、磨滅している時代のように思えます。でも野矢さんの本を読むと、人はそもそも人を分かりたい生き物なのではないか。国語を学ぶとは、人間にもともと備わっている「愛」の回復の話なのかもしれない、などと思えてくるんです。
野矢 
 難波さんは今、きっと自分の「愛」を語ったんだな。私は自分自身を振り返ると、愛が足りないと思うからね。だからこそ、それが大事だと思うし、自分を反省して足りない部分を、こうして本にしているのですが(笑)。
難波 
 なぜ、反省が芽生えたんですか。
野矢 
 年を取ったからかなぁ。若い時は、自分の内に閉じこもろうとしていたし、「仲間」という言葉さえ嫌いでした。人見知りで引っ込み思案な人間で。
難波 
 僕の見立てでは、「人見知り」には、人を知りたい、でもうまくいかない、という葛藤が込められています。根っから人に興味がないなら、人見知りとすら思わないでしょう。
野矢 
 それはそうかもしれない。思春期は、自己演出というか、他人の目を過剰に意識して、人にこう見られたい、こう見られたら嫌だと、それがストレスになる。そのストレスから逃れようと、他人を避けるところがあったかもしれない。それが四〇歳を過ぎたぐらいから、肩の力が抜けたんだね。自意識が薄れていくと同時に、他人とつながろうとする気持ちが生まれた、ということかな。
難波 
 そういう他人に対するストレスの中で、哲学に目ざめたのですか。
野矢 
 いや、大学に入った時は理系だもの。で、理系でやることを見失って、袋小路で壁にガーンとぶつかって、そんな時に、大森荘蔵さんという、ただひたすら自分の頭で物を考えていく哲学者と出会って、これなら自分も興味を持てるかもしれないと。卒業してから文系の三年に学士入学という形で再入学して、どんどん哲学にはまっていった。哲学で飯を食うなんて発想はなくて、先輩に「箸さえ持てれば飯は食えるよ」と言われて、あぁそうかなって(笑)。そんな時代でしたよね。


この記事の中でご紹介した本
大人のための国語ゼミ/山川出版社
大人のための国語ゼミ
著 者:野矢 茂樹
出版社:山川出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流 自己変革の理論と実践/英治出版
なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流 自己変革の理論と実践
著 者:ロバート・キーガン
出版社:英治出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月3日 新聞掲載(第3213号)
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