触発する歴史学  鹿野思想史と向きあう / 赤澤 史朗(日本経済評論社)鹿野思想史に対する二通りの向き合い方|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月4日

鹿野思想史に対する二通りの向き合い方

触発する歴史学  鹿野思想史と向きあう
著 者:赤澤 史朗、北河 賢三、黒川 みどり、戸邉 秀明
出版社:日本経済評論社
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鹿野政直は、今までまとまって論じられることが少なかった思想史家である。今回、鹿野の歴史学に対する論集が発刊された。半世紀をこえる鹿野思想史のあゆみと特徴にどのように向き合っているのか、期待をもって読んだ。

本書は、冒頭に「序説」(黒川みどり)をおき、第一部「鹿野思想史の成立と方法」に、「特徴と性格」(北河賢三)、「前期鹿野思想史学」(戸邉秀明)、「丸山真男との対比」(黒川みどり)の三論文、第二部「鹿野思想史の焦点/その問題群」に、「個性」(小林瑞乃)、「呪詛される近代」(上田美和)、「女性史」(和田悠)、「健康」(高岡裕之)、「兵士論」(赤澤史朗)、「浜田知明論」(小沢節子)、「沖縄」(戸邉秀明)の各テーマを検討した七論文が収録されている。

大きく二つの感想を抱いた。鹿野思想史への向き合い方と、鹿野の通史的叙述の位置づけについてである。

本書からは鹿野思想史に対する二通りの向き合い方が読みとれた。一つは、北河論文に代表されるものであり、「学生反乱」のあった一九六〇年代末に鹿野思想史の方向転換を認めつつも、全期間に共通する特徴に照準を合わせて強調している。もう一つは、鹿野思想史を同時代の文脈や学問状況などとかかわらせて検証するものであり、高岡論文と戸邉の二論文にその特徴がよく示される。

私のなかで鹿野政直は、思想史家であるとともに、自己言及的な問いを続けて更新する人としてある。その問いは、現実がつきつける諸問題、人びとのあり様(民衆、人びと、一人ひとり)、学問との緊張感のなかで、つねに「わたくし」(鹿野)に向かって投げかけられ、思想史の課題として提示される。それゆえ鹿野の文章については、各時期における自己言及的な問いが鹿野思想史にどのように接続されるのかに留意して読んできた。

それに対し、たとえば北河論文では、全期間を通じる鹿野思想史の「特徴と性格」として、「全体像の追求」や「個性への愛着」「文章・ことば遣いへの着目」「書く姿勢と「立場」」が指摘されている。首肯できる内容なのだが、北河が指摘する水準で「特徴と性格」をまとめてしまうと、自己言及的な問いとかかわってあらわれる鹿野の厳しさや緊張感、激する言葉などが後景に退いてしまうように思えた。

その点で私は、後者の二人の向き合い方に共感して本書を読んだ。たとえば高岡は、『コレラ騒動』と『桃太郎さがし』の鹿野の二冊の本の変化を、時代と学問、自己言及的な問いと重ねて鮮やかに指摘する。あるいは、沖縄を論じた戸邉は、「沖縄の戦後」の発見は、「鹿野自身の思想の見方の根底的な組み替えを要請」したと位置づけつつ、そこに「この歴史家が一貫させてきた線がむしろはっきりと浮かび上がる」と指摘しており、鹿野思想史の一貫した特徴を同時代の文脈との緊張関係のなかで論及している。いずれも、鹿野の思考の核心をとらえた論稿だと思う。

鹿野思想史は、鹿野自身により、たえず問いが立て直されていることに留意する必要がある。問いが立て直されて思想史の課題が組み替えられ、あらためて自己の課題に言及する。らせん状につづくこの思考過程に鹿野思想史の見落とせない特徴がある。なお、この点にかかわって、「序説」(黒川)では、「のちに鹿野は」として、二〇〇〇年代の鹿野の文章で鹿野思想史を概括することが多いが、それではらせん状の思考過程がかき消され、鹿野思想史の輪郭が平板になってしまうように思われた。

今回、第二部を読むなかで、一九七〇年代以降の鹿野には、通史的叙述がきわめて多いことに気づいた(『大正デモクラシー』『コレラ騒動』『桃太郎さがし』『日本の現代』『現代日本女性史』『沖縄の戦後思想を考える』など)。第一部で戸邉は、『資本主義形成期の秩序意識』(一九六九年)後の鹿野は、「全体」の追究から、「「ひとびとの思想」を描くことで、「全体」を経ずに普遍を示唆する方」へ「舵を切った」と指摘する。とするなら、七〇年代以降の舵の切り方、つまり鹿野思想史の理解にとって、通史的叙述の位置づけが重要な意味をもつと思われる。

第二部を手がかりに、鹿野の通史的叙述を再読するとき、次のことがみえてくる。八〇年代まで、「問題」史として通史を構想していた鹿野は(本書和田論文、鹿野『婦人・女性・おんな』)、九〇年代に入ると「「生」の主題化」に移行し(本書高岡論文、鹿野健康観・女性史)、そこから二〇〇〇年代にはさらに「存在」を注視し(本書第二部戸邉論文、鹿野『近代社会と格闘した思想家たち』・鹿野『思想史論集』第七巻「問いつづけたいこと」)、二〇一〇年代には「いのち」へと至る(本書第二部戸邉論文、鹿野沖縄史)。通史の主題が「いのち」に至り、「問題」史から「生」の主題化に移ったという点で、九〇年代は鹿野思想史の重要な画期だと思われる。

七〇年代以降の鹿野思想史にはまだ多くの検討課題が残されている。本書を契機に鹿野思想史をめぐる議論が喚起されることを願う。

この記事の中でご紹介した本
触発する歴史学  鹿野思想史と向きあう/日本経済評論社
触発する歴史学  鹿野思想史と向きあう
著 者:赤澤 史朗、北河 賢三、黒川 みどり、戸邉 秀明
出版社:日本経済評論社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月3日 新聞掲載(第3213号)
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