愛別十景 出会いと別れについて / 窪島 誠一郎(アーツアンドクラフツ)「負の財産」が書くことによって「正の財産」に転化する|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月4日

「負の財産」が書くことによって「正の財産」に転化する

愛別十景 出会いと別れについて
著 者:窪島 誠一郎
出版社:アーツアンドクラフツ
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ここに描かれている十篇の作品は、文学者や歌人、俳人たちの人生の出会いと別れを描いたもので、妻や弟子、母と息子、愛犬との別れなど、ともにこの世を生きた人々のことが綴られている。作品の底には「愛別離苦」や「生離死別」、あるいは「牽衣頓足」といった感情が流れている。わたしたちは心を許した人や、心を焦がした人と一緒に人生を歩んだとしても、最後には別れがやってくる。

縁あって出会った歓びや別れる哀しみの襞を、やさしく撫でるように書かれた作品だが、いずれもこちらの心に小さな痛みが走っていく。孤独を癒し、つらさを堪えて生きるのがわたしたち人間だが、誰も親を選んで生まれることはできないし、どこに生まれ落ちるかもわからない。星の数よりも多い、それぞれの境遇を恨んでもどうなるものでもなく、人との関わりを大切にして生きていくしかないのだが、ここに登場する人物たちは、自らの哀しみの「負の財産」を、自分の生きる糧として頑張った人たちだ。

老いて死を間近にして若い女性を恋うる良寛。穏やかで暢気な妻と暮らした城山三郎の別れの慟哭。愛犬「ハラス」と死別し哀しみにくれる中野孝次。生涯小説のモチーフとした水上勉の母のことなど、どの章も哀切に富んでいる。その別れがより哀しく美しければ、その人物の人生が豊かに感じられてくるから不思議だ。

著者の眼差しの低い書き方は、自らの人生が投影されているからだろう。もちろんこんな書き方が、失礼にあたることは承知しているが、この「愛別十景」は、人生がどういうものかと気づく年齢にならなければ書けないものだ。それを逆に羨ましいと思い、しばしば読み進むのをやめて感慨にふけったが、そんな気持ちにさせられたのは、著者の「負の財産」が書くことによって、「正の財産」に転化したと感じたからだ。

今日では著者が、水上勉の長男だということは多くの人が知っている。数十年前、二人が生き別れの親子だったという報道を目にした時、衝撃を受けたが、水上勉は幼くして口べらしのために寺の小僧に出された。

その後、行商、代用教員、編集者とさまざまな職業を転々とし、多くの女性との別離も重ねた。大病もしている。常に貧困との闘いなのだ。そして長男さえも里子に出した。自分が親にされたことを、息子にも似たようなことをしているのだが、その心中は察しても余るものがある。しかし水上勉はそのことを文学に昇華させることによってみな財産とした。

わたしたちは書くことによって、自己を見つめ直すことができるし、受けてきた経験や体験を将来に生かすこともできる。考えるということは自分のことに対して考えるのだが、これらのことを書いた著者は、誰よりも自分が何者かということを意識したのではないか。その行為は父である水上勉からの財産贈与ともいえるはずだ。

そんなことを考えさせられた作品なので、やはり著者が父のことを書いた「水上勉と母かん」と、戦争で弟を亡くした「やなせたかしと弟千尋」が心にしみた。人はなんのために生きるのか、誰のために生きるのかと改めて問わせる好著だった。

この記事の中でご紹介した本
愛別十景	出会いと別れについて/アーツアンドクラフツ
愛別十景 出会いと別れについて
著 者:窪島 誠一郎
出版社:アーツアンドクラフツ
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月3日 新聞掲載(第3213号)
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