その日の後刻に / グレイス・ペイリー(文藝春秋)生きることの意味をストレートにユーモラスに語りかけてくる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月4日

生きることの意味をストレートにユーモラスに語りかけてくる

その日の後刻に
著 者:グレイス・ペイリー
翻訳者:村上 春樹
出版社:文藝春秋
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村上春樹は小説家であると同時に、極めて多作な翻訳家でもある。手がけた訳書の数は七十冊以上に上るというから、自身が執筆した小説の数をはるかに上回っている。翻訳家としての村上が傑出しているのは、訳書の数だけでなく、アメリカ文学の優れた目利きであることだろう。高校生の頃からペーパーバックの小説を英語で読んできた、海外小説の優れた読み手である村上は、作品の本質を鋭く見抜き、それを日本の読者に伝える代弁者なのだ。レイモンド・カーヴァー、ティム・オブライエン、ポール・セローなどの作家は、村上春樹が訳すことによって広く知られるようになった。

アメリカの短編小説家、グレイス・ペイリーもそうした作家の一人だ。五十年近いキャリアを通じて短編集を三冊しか出していない極めて寡作な作家だが、その作品はユニークな魅力に溢れている。ロシア系ユダヤ人の家庭に育った政治活動家でありフェミニスト、大学教員であり詩人、二人の子供を育てる親であり、そして妻。極めて多忙な毎日を送ったその人生が、ユニークな文体でその作品に色濃く投影されている。この短編集は円熟期の著者による第三作。冒頭の『愛』は、女性詩人が夫に愛についての詩を語る場面で始まり、夫がかつて知っていた女性のこと、買い物に出かけた先で見かけた昔の親友のこと、夕食の席で交わされる社会情勢についての会話のことなどが綴られていく。『どこか別のところ』では、米国人政治使節団の中国旅行とその後日談が語られる。『ともだち』では、病気の友人を見舞った三人の女性が、帰路の列車の中でそれぞれの家族と人生について語り合う。『母親』は亡き母への追憶を綴り、『ザグラウスキーが語る』は政治に翻弄された薬局の店主と顧客女性の再会を描く。ペイリー作品の特徴は、村上があとがきで解説している通り、「自伝的でありながら寓話的」な、「相反性・重層性」に満ちていることだ。あるものは数十ページと長く、あるものは数ページと短い。物語には回想があり、詩が綴られ、政治を議論し、愛の営みが語られる。自己の視点と他者の視点が入れ替わりながら、社会と人間の関係、人を愛することの喜びと哀しみ、女性であることについての赤裸々な心情が、まるで宝石箱のように多彩に描かれていく。

それだけに、しっかりと歯ごたえがあるとでもいうべき作品群に初めて触れた読者は驚くかもしれない。「大骨から小骨までひとそろい」と村上が形容するように、ペイリーの作品には難解なところやクセのあるところも少なからずあるからだ。明確な話の筋を持たない作品が多いことも理由だろうが、読者はそれよりも登場人物たちの現実感あふれる描写に自らや知人の姿を重ね、まるで隣で聞いているかのように新鮮で生き生きとした会話を楽しむ。シリアスなテーマや悲しいストーリーもあるけれど、そこには必ずタフで開けっぴろげなユーモアが添えられている。そうした点もまた見事に日本語へ移し変えた村上の翻訳で本書が読めることは、読者にとってこの上ない朗報だ。

ある時、死の床にあった友人を見舞ったペイリーに(『ともだち』はその時の経験が下敷きになっていると思われる)その友人が語った言葉がある。「グレイス、本当に考えなきゃいけないのは、私たちはどう生きるかってことよ。」生きることの意味をストレートに、ユーモラスに語りかけてくる、十七の珠玉の短編がここにある。(村上春樹訳)

この記事の中でご紹介した本
その日の後刻に/文藝春秋
その日の後刻に
著 者:グレイス・ペイリー
翻訳者:村上 春樹
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月3日 新聞掲載(第3213号)
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