社会が漂白され尽くす前に 開沼博対談集 / 開沼 博(徳間書店)「自分の足元と地続き」であることを読者も気づかされる|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月4日

「自分の足元と地続き」であることを読者も気づかされる

社会が漂白され尽くす前に 開沼博対談集
著 者:開沼 博
出版社:徳間書店
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本書のタイトルともなり、七つのテーマでの八人との対談の底流ともなっている言葉が「漂白」だ。社会学者の著者によれば、それは、「社会の周縁的な部分や弱い部分を切り離し、固定化すること」だとする。そして、「(漂白化によって)なんとなくみんなが幸せになれる。そういう構図が現代社会のさまざまな側面に広がっている」と分析して見せたうえで、著者は「『それでいいのか?』と問い続けることが僕がやりたいこと」と同じ福島県出身の詩人・和合亮一氏との対談(「震災後の福島に思う等身大の違和感」)の中で明かしている。二人は、二〇一一年の東日本大震災をきっかけにその発言が大きな注目を集め続けている。

そういう著者が対談者とテーマに選んだのは、和合氏のほか▽鈴木涼美氏(作家・社会学者「女の子を夢中にさせてしまうAV界の構造」)▽杉坂圭介氏(飛田新地スカウトマン「飛田新地があるから行き場を失わぬ人がいる」)▽阿武野勝彦氏(東海テレビ「ヤクザを『存在しないもの』として扱う社会」)、圡方宏史氏(同)▽初沢亜利氏(写真家「北朝鮮の生活者を撮ることで何が見えるか」)▽磯部涼氏(音楽ライター「クラブだけじゃない過剰規制と脱法化の進行」)▽大山寛人氏(殺人事件被害者遺族・加害者家族「被害者遺族が望まない加害者の死刑もある」)。鈴木氏は自分自身もAV出演した経験があり、杉坂氏も飛田で店を構えたことがある。対談相手はいずれも当事者であったり、長く当事者たちに向き合ってきた人たちだ。

北朝鮮、暴力団、死刑囚――。今日の日本社会でこの三つの国、団体、個人ほど存在そのものが忌避されているものはないだろう。それを取り上げたところに社会学者としての覚悟を見いだせる。大山氏との対談は興味深かった。

死刑囚の父を持つ大山氏は、犯罪加害者の家族であり、被害者の遺族という二つの立場を持つ。父親が養父と自分の妻(母親)の二人を殺害したからだ。生活は荒れ、大山氏は父親の極刑を望んだ。しかし、逮捕後に初めて面会した際に目の前にいた父親は全く生気を感じられない姿になっていた。「生きて反省し続けてほしい」。そう願うようになったという。

大山氏は死刑制度廃止論者ではないが、『僕の父は母を殺した』を出版したり、講演活動などを通じて死刑を望まない被害者遺族の存在を訴え続けている。著者は死刑制度への賛否を明らかにしていないが、大山氏の本音に迫る中で浮かび上がるのは、加害者家族に対する社会の過酷な差別だった。「人殺しの息子は雇えない」。自宅の玄関ノブに犬の死骸がくくられていることもあったという。大山氏の背中にある入れ墨は、家族を持たない決意の証なのだった。

二〇一六年年に起きた七七〇件の殺人事件(未遂を含む)のうち、四四二件は親族間で、大山氏のような立場の方が多いのが実態なのだ。一九九〇年代後半から始まる、犯罪被害者に対する救済制度の充実化は、同時に犯罪の加害者――とりわけ少年事件での重罰化の世論を高めた。東海テレビの「ヤクザと憲法」(一五年)は、放送界ではタブーの存在と言ってもよい暴力団の密着取材で大きな反響を得たが、過去には同局の「光と影~光市母子殺害事件弁護団の三〇〇日~」(〇八年)も注目を集めた。犯罪加害者への重罰論調に抗い、被告・弁護団の視点から追いかけたからだ。

社会の周縁とされたこれらの七つのテーマは実は「自分の足元と地続き」(著者)であることに読者もきっと気づかされるに違いない。

この記事の中でご紹介した本
社会が漂白され尽くす前に 開沼博対談集/徳間書店
社会が漂白され尽くす前に 開沼博対談集
著 者:開沼 博
出版社:徳間書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月3日 新聞掲載(第3213号)
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