いますぐに君はこの街に放火せよそのエンの何んとうつくしからむ 前川佐美雄『植物祭』(1930)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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現代短歌むしめがね
2016年8月26日

いますぐに君はこの街に放火せよそのエンの何んとうつくしからむ 前川佐美雄『植物祭』(1930)

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近代短歌はリアリズムをその基本精神としたため、その表現形式からフィクションが排されてしまった。そのため「犯罪」が短歌の中で描写されることは皆無に近くなった。リアリズムに則れば本物の犯罪者しか犯罪を詠めなくなってしまうし、仮に本物の犯罪者が犯罪を詠んだとしてもそうなれば倫理的な問題をはらむことになってしまう。近代小説は「探偵小説」という手法を通して犯罪をモチーフとすることを可能にして、私小説の枠を脱した。そのことと対照的な道を、短歌は歩んだのである。

しかし昭和初期に起こった「モダニズム短歌」という運動では、フィクションとしての犯罪行為を詠む歌人がしばしばあらわれた。その代表格が前川佐美雄である。放火によって街が火の海になることを想像してうっとりするという破滅的な美学がここにあふれている。しかも単独犯ではなく、教唆する「私」と放火の実行を命じられる「君」との、共犯関係が成立しているのである。こうなったとき「私」と「君」の関係は恋愛に近く、放火という行為はもはやセックスになぞらえうる。二人で街を破壊し、二人でその身を破滅させてゆく甘美な幻想を抱いているからこその「うつくしさ」なのだ。

佐美雄が種をまいたこの破滅的美学は後に弟子の塚本邦雄に受け継がれ、塚本の影響を受けた穂村弘によって若い世代にまで拡散され、現代短歌の風景に今もなお爪痕を残している。現代短歌の源流の一人といえる歌人である。
2016年8月26日 新聞掲載(第3154号)
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