ジャズヴォーカリスト ・ ヴォーカル講師 石井智子さん (下)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」

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あの人に会いたい
2016年8月26日

ジャズヴォーカリスト ・ ヴォーカル講師 石井智子さん (下)

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歌が好きなお客さまが集まるクラブで、バックコーラスのアルバイトから「ソロで歌ってみない?」という誘いを受け、「銀座のドリーム」で歌うことに。石井智子さんの歌へののめり込みは、日に日に増していく。ところがある日、お客様全員が外国人というなかで、英語で歌を歌うという経験をした。「おそらくひどい英語だったと思います。発音もめちゃくちゃ。まともに話すこともできないくせに、英語の歌を恥ずかしげもなく歌っている。これじゃ、物真似にしか過ぎない。猛烈に恥をかいた」。だったらちゃんと勉強するしかない。それでボストンにある、バークリー音楽大学へ、奨学生として留学できる機会を獲得する。

スタジオでの石井智子さん
バークリーに入学して、初めて本格的に歌を学ぶが、最初のうちは日本の音大を卒業しているのだし、学ぶことはあまりないのではないか、とたかをくくっていた。ところが、ジャズが楽譜にとらわれることなく自由に表現でき、即興で楽器と声が重なっていく楽しさを目の当たりにして、クラシックにはない新しい魅力にぐいぐいと引き込まれていく。

ジャズを勉強していく中で、「ありのままの自分を信じればいいんだ」ということも強く学んだという。

英語の発音を徹底して勉強し、その発音の美しさが認められて、バークリーのテキストに石井さんの発音時の口の開き方が、お手本の写真として載るまでなっていた。

五年弱のボストンでの暮らしを終え、石井さんは遂に日本に帰国する。

ピアニストの道から、ボーカリストへ。この変化を今の石井さんは、どのようにとらえているだろうか? 「音楽はピアノでもボーカルでも、自分の気持ちを込めて伝えるものだと思いますが、ピアノの場合は指というフィルターを通して音を奏でる。歌は身体自体が楽器で、よりダイレクトに伝わるような気がします」

レッスンでも呼吸法を徹底して教える石井さん。どこにどのように息を入れるか、下腹部、胸郭、背中、正しい息の入れ方、支え方、流す方向を意識するだけで、声は大きく違ってくる。指導者としての石井さんの生徒一人一人に寄り添った教え方は、その人の隠されていた能力を確実に表に出す役割をし、引き出された本人が目を丸くする瞬間を、私は何度も見てきた。

CD ファーストアルバム『Bella』
今、若い人たちを見ていると、職業を選択する際に何を第一に優先しているのだろうと思うことがあるが、「好きなこと」を早くに見つけた人は、より幸せの近くにいるのではないだろうか。「好きなこと」なら辛くても頑張れる。「好きなこと」ならもっともっと努力して、上手になりたいと思える。

音楽という「好きなこと」を四歳で見つけ、それをひたすら追い続けた道。ピアノから歌へとジャンルは変化したが、音楽とともにある人生を選び、切り開き、その先を見つめながら歩む笑顔の女性。そんな石井さんが歌い上げる歌を、私は一人でも多くの方に聞いてほしいと思う。自分で企画するライブは数こそ少ないが、そこにすべてを出し切ろうとするから時間もかけるし、納得しないものを表現したくないと言い切る。その歌に向かう真摯な姿勢と迫力。透明感のある声が真っすぐに伝わってくるライブは、本当に胸に迫る。

「ジャズも素敵だけど、石井さんの歌う日本の歌が私はすごく好きです」と言うと、「今はジャズを歌うことが多いけれど、これから一〇年後、二〇年後は、逆転して日本の歌をたくさん歌っているかもしれない。言葉の力は、やはり日本人なら日本語以外はないと思うから」

そんな石井さんは、今二枚目のCDアルバムを制作中。「ギターだけの演奏にヴォーカルを乗せているんですが、英語を使わない生活になっているので、バークリー時代に、私を徹底的に指導してくれた恩師に、この九月に会いに行って、一週間、発音のチェックをしてもらいます」

普通の日本人ならわからない音の違いを、可能な限り完璧なものにするために、このプロセスを踏むことを選択した石井さん。一度しかない人生なら、やりたいことをとことん突き詰めたい。自分を磨き、いつももっと上を目指す。石井智子さんは、音楽を身体のすべてを使って奏でる「職人」なのだ、とつくづく思った。
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2016年8月26日 新聞掲載(第3154号)
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