声をかける / 高石 宏輔(晶文社)何も変わらない現実に戸惑い続けるものたちの絶望がある|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月11日

何も変わらない現実に戸惑い続けるものたちの絶望がある

声をかける
著 者:高石 宏輔
出版社:晶文社
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声をかける(高石 宏輔)晶文社
声をかける
高石 宏輔
晶文社
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気持ちの悪い本である。そういわれて本書を放擲するか、それでも挑んでみるかで読者のパーソナリティが浮き彫りになる、そんな本だ。というのも読み手の気持ち悪さの由来が直に問われるからだ。

本書は、現在カウンセラーとして活躍する著者のナンパ経験を下地に(?)小説風に仕上げられたナンパ師の生態学である。対人恐怖に苦しむ主人公が、それを克服するために、引きこもるという選択とは真逆の選択を行う。つまり新宿や渋谷という街に立ち、とにかく女性に声をかけ続ける。その中で他人への不安が歪んだ起伏となって形を変え、言葉を操る人間の伝達行為と動物的で身体的な性行為の果てしのない交わらなさが浮き彫りになる。

ポストモダンの時代とは深さを欠いた表層の時代である。社会を支えてきたはずの家族や婚姻制度、貞操観念のような性役割が篩にかけられ、揺さぶられる時代である。この表面は、テクニカルということとも響きあう。大切なのは中身や本音ではなく、上辺だけだと見抜かれない技術である。現に今、ソーシャルスキルが強く求められている。それは人間関係を円滑にし、広く多様な人たちと関わるための技術であり、そうした人間への矯正である。

この表面と技術。これらがまさに該当する職種がナンパ師だ。どの時代にも軽薄で表面的な人間を揶揄する言葉はあったのだろう。見境なく女性に声をかけ、あわよくばセックスをし、それを反復する。彼らは徹底的に表層的で、かつ人の懐に飛び込み、信用させるためだけの技術を手にしている。

とはいえ最初はうまく行くはずもなく、恐怖で声さえ出ない。勝率は極めて悪く、回数でそれを凌駕していくよりない。しかもその中で微調整をかけるテクニックを、成功パターンのアルゴリズムを練り上げていく必要がある。進化に多型があるようにナンパにも多型がある。

そうした場面では身体動作のテクニカルな精緻さが要求される。歩く速度と話しかけるリズム、声が相手に入っているか、いないかの微妙な表情の変化の判定、どのアイテムに着目すれば相手の心をくすぐることになるのかの選別等、そうしたことは枚挙に暇がない。心の内実、本心の声を聞くのではなく、どのように本心を偽り、というよりも、どのような本心が相手に伝わるかを身振り、声のトーン、発話内容を通して制御する。相手がそれを紛れもない本心だと信じていればそれが本心である。

これだけが本書の内容であれば、単なるナンパのテクニック集にすぎない。むしろ本書の裏テーマは、予測困難なヒリヒリとしたファーストコンタクトの緊張感と、その後訪れる気だるく間延びした倦怠感の間で揺れ動く、主人公とナンパされた女性たちとの人間模様、身体模様である。

登場する人物たちは、大切な思い出を共有し、重ね合わせ、それを未来の自分たちに投げかけて前に進んでいくようなことはしない。共有される過去も未来もない。こじらせていると言えばそれまでだが、関係を壊しつづけることでしか成立しない儚い主体の群れがある。主人公は何度も女性の中に優しく繊細で安らかな場所があることに気づきながら、そこに身を寄せることができない。「何かが変わると思っていた」、そういいながら何も変わらない現実に戸惑い続けるもの達の絶望がそこにある。それは、主人公がたびたび母と祖母の幼き記憶を辿りよせるように、ポストモダンをうまく生ききれないモダンな主体の残滓にも見える。

最初の問いに戻ろう。男性であれば、自分の底にある、きれいな女性であれば見境なく声をかけ、性行為に至りたいという欲望の禍々しさに、女性であれば、生物的なのか、社会的なのか、由来を問わず、とにかく吐き気しかない男の欲望に、さらにはその欲望の偽装に引っかかり、あるいはわざと引っかかるふりをして関係を作り出そうとする女性の狡知さに気づかされることになる。

そうはいっても本書は、男の欲望の都合のよさだけが切り取られているようにも見えてならない。ナンパは今、ストハラと言われ、ただ街を歩いているだけで声をかけられることの女性の恐怖や不安、気持ち悪さがようやく認知されつつもある。そうした意味でも本書はとにかく読みづらい本であることは確かである。

この記事の中でご紹介した本
声をかける/晶文社
声をかける
著 者:高石 宏輔
出版社:晶文社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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