戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇 / 堀川 惠子(講談社)歴史がドラマのように  ジャーナリストならではの取材力に感嘆|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月11日

歴史がドラマのように 
ジャーナリストならではの取材力に感嘆

戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇
著 者:堀川 惠子
出版社:講談社
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本書は、原爆で亡くなった名優・丸山定夫や園井惠子ら「桜隊」の足跡をたどったものである。

これまで新藤兼人の映画『さくら隊散る』や井上ひさしの『紙屋町さくらホテル』など、桜隊と丸山定夫について言及された作品は少なからず存在した。そして今回、早大演劇博物館所蔵の演出家・八田元夫の遺品の中から新資料が発見された。それは凄絶を極める体験記だった。

八田は桜隊の演出家でもあったが、被爆したわけではない。当時東京にいた彼はその報を聞き、急遽広島まで駆けつける。彼は9人の「隊員たち」の消息を尋ね、救出に向かうが、結局水泡に帰し、深い絶望と怒りに沈んだ。

本書には、三人の主役がいる。「新劇の団十郎」と呼ばれた名優・丸山定夫。彼に大きな影響を与えた孤高の劇作家・三好十郎。そして演出家・八田元夫である。「近いのは年齢だけで、育ちも性格も全く異なる三人だった。常に奇妙なバランスの中に互いを認め合い、反目しながらも、どこか根っこの深いところで結ばれ合っていた。」(本書三一六頁)

三好の『獅子』は桜隊の最後の作品として格別なものだった。三好が戦中の弾圧下にあった作家活動のすべてを賭け、丸山は自分の最後のエネルギーを注ぎ、丸山の才能に惚れ込む八田はその舞台に精魂を傾けた。本書はそこにたどり着くプロセスを実に懇切に探っていく。

まず戦争に向かう時代の中で必死にもがく演劇人の姿が具体的に描かれる。「赤い伯爵」と称された土方与志、近代演劇を体現する小山内薫。国家による演劇や芸術への弾圧、そして敗色濃厚な日本の末期に、全国津々浦々に戦意高揚を伝えるための国策だった「移動演劇」。心ならずも戦争に加担させられていく演劇人たちの苦悩が浮かび上がってくる。そこでは“原爆被害者”である丸山とて、“戦争加害者”である咎は免れられない。

著者はプライベートな手紙や当時の劇団の足取りをたどり、ドキュメンタリータッチで内部から記述していく。例えば、丸山と映画『無法松の一生』で共演した川村禾門かもんと妻の間で交わされた手紙が当時の「証言」となっている。あるいは著者自身が七〇年以上も経って八田の航跡を追体験していく。そのジャーナリストならではの取材力に感嘆させられた。例えば、鳥取の県境から兵庫に桜隊が移動する時、八田は「砂丘を越える」と記している。が、著者自身、八田の手記を手に歩いてみると、実際には「砂丘」は存在していなかった。だが当時の地図に当たってみると、たしかに砂丘は存在していた。「七一年という歳月は、自然の風景までも変えてしまう」(二六四頁)というのだ。

こうした手法により、歴史が今まさに生身の俳優たちによって演じられるドラマのように体感させられるのである。

今までわたしは八月六日の五百羅漢寺の原爆忌(桜隊追悼会)に何度か参加した。『俳優・丸山定夫の世界』(未來社)の本作りにも関わった。けれども、本書を一読して、今までの認識がすっかり拭われてしまった。それは著者の達意な文章が情景を浮かび上がらせる術に長けていたからであり、加えて演劇史への目配りに十分な配慮があったからだ。雑誌掲載の細かな資料まで渉猟された痕跡が、記述に厚みを増した。

演劇はつねに現在を召喚する。だとすれば、丸山定夫の死は決して過去のことではなく、また戦争は終わっていない。きな臭い状況下で本書を読むと、その感をいっそう強くした。

この記事の中でご紹介した本
戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇/講談社
戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇
著 者:堀川 惠子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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