やめるときも、すこやかなるときも / 窪 美澄(集英社)窪 美澄著 『やめるときも、すこやかなるときも』 金城学院大学 藤森 映美 |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年11月11日

窪 美澄著 『やめるときも、すこやかなるときも』
金城学院大学 藤森 映美 

やめるときも、すこやかなるときも
出版社:集英社
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あなたには、悔やんでも悔やみきれないほどの過去はあるだろうか。

ここに、過去に傷を負った二人の男女がいる。

家具職人の壱春は、高校時代、共に生きていくと決めていた彼女・真織を事故で失ったショックから、彼女の命日を迎える度に声が出なくなる心的外傷に悩まされる日々。

制作会社勤務の桜子は30歳で経験した初めての恋に傷つき、家では事業に失敗し酒に溺れ家族に暴力をふるう父の代わりに、一家の稼ぎ頭として働きながら家庭内が穏やかだった日々を回顧する日々。境遇は違えど過去に囚われる二人。そんな二人が出会った。

知人の結婚パーティーの帰り、それっきりで終わると思った関係は決して良いとは言えない出会い方。しかし、仕事を通して再会を果たす二人は次第に惹かれあっていく。
これをどんな運命と呼ぼうか。

「全部話してから始めたい。」急速に距離が近づいた二人は、お互いのことを知りたい気持ちが加速する。しかし己の抱える過去を他人に伝えることは容易いことではない。それが辛く悲しいものであればあるほど。だが壱春が己をまるごと受け止めてほしいと初めて思えることができた相手、それが桜子だったのだ。桜子も思いに応えたいと思った。

ただ、壱春が真織のことをすべて打ち明けた時、桜子にある複雑な感情が芽生える。

「もうこの世にはいない人に嫉妬するなんて馬鹿なことだと頭ではわかっているのに。」

桜子の知らない壱春。未だに彼の心の中に生き続ける、自分の知らない真織という女性の存在。桜子はどうにもできない無力さに悩み打ちひしがれる。

過去が過去である以上、現在を生きる私たちには手の施しようがない。

ではその存在に囚われる二人にとってそれは障壁として互いをわかりあえないものにしてしまうのだろうか?

次第に心の距離ができてしまう二人。それでも月日は容赦なく流れ、互いをを取り巻く環境にも変化が訪れる。

過ぎた時間はいつしかお互いがなくてはならない存在になっていたことに気づかせた。

「結婚ってこういうものかとふと思う。誰かにとって大事な誰かを、誰かに大事にしてほしいと思う気持ち。それを伝えて始まる。」

葛藤の末、壱春と人生を共に歩むことを決心した桜子の台詞だ。

あの日、あの時、誰かを愛した時間は嘘にはならない。それは壱春の真織に対する思いに限った話ではない。どんなに傍若無人な桜子の父親であっても、桜子を大事に愛した時が確かにある。二人が経てきた時はさまざまな人々との愛に溢れている。消せない過去の存在こそ、現在を生きる“証”なのだ。そう認識してはじめて、二人は新たな一歩を踏み出すことができるのだ。

「それぞれに違う形の部屋の中で繰り返される生活のさまざま。どうしてこんなにもせつなく感じられるのだろう。それがいつか必ず終わることを知っているからだろうか。」
ラストページ、壱春は過去の自分に別れを告げ、前に進んでいくことを決意する。人生は脆く儚い。だからこそ、一瞬一瞬の出来事を共に分かち合える人を私たちは求めるのだろう。〈やめるときも、すこやかなるときも〉、互いを思い合い、愛し、過去をも優しく包み込める相手と出会えた二人。なんて幸せなことだろう。

この記事の中でご紹介した本
やめるときも、すこやかなるときも/集英社
やめるときも、すこやかなるときも
著 者:窪 美澄
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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