高架線 / 滝口 悠生(講談社)入れ替わる語り手  高架線の上から見えるものは|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月11日

入れ替わる語り手 
高架線の上から見えるものは

高架線
著 者:滝口 悠生
出版社:講談社
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高架線(滝口 悠生)講談社
高架線
滝口 悠生
講談社
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書名にはふたことみこと言わずにいられない。でも間違いない、読む者を掴む。そこここで笑えるし、作中人物の保坂和志的に実存的な物言いもウケる。

舞台は西武池袋線の東長崎駅周辺。評者も長いこと西武沿線で暮らしているが、東長崎駅の地味さときたら池袋線では、駅利用者には失礼ながら、他所のビッグシティに迷惑をかけないよう同じく冠が被せられている武蔵藤沢駅とどちらが上か。

東長崎は地べたの駅でもある。地べただから、二十三区内の駅では希少となりつつある昔ながらの街並みが残っている。アヴァンギャルドしそこねている。そして『高架線』という書名を念頭に本書を開いてすぐ、この奥ゆかしい地べた駅はいずれ打ち捨てられる運命に違いないと察しがつく。実際に物語の終盤に、高架駅である平井に住む一女性によって東長崎は一擲を食らう。と同時に、西側都民なら、平井に負けたのかと噛んだ唇から血が滲む。

「新井田千一です」と、「ヒロシです」よろしく語り手が断章ごとに名乗って語り始められる物語は、しかしじきに新井田千一が主役でないことが判明する。主役は千一が住むかたばみ・・・・荘という東長崎の朽ちかけたアパートである。より厳密には、アパートの二階手前側の部屋である。不動産屋を仲介させないことで三万円という破格の家賃が設定されている。どうやって賃借人が確保されるか。そこには、現在の借り手が退出する際には次の借り手を見つけてくるという大家のルール、借り手側からすればノルマがある。当の部屋は六畳の板の間と二畳の台所、それにシャワーに和式便所・・・・を備えたユニットバス。見た目は悪いが、池袋まで二駅でこの容量で三万円である。住みたがる人間はあとを絶たない。

物語は、千一のあとにここに住みついた片川三郎の失踪を軸に展開していく。語り手は千一から三郎の幼馴染の七見歩ななみあゆむへと、歩から妻の奈緒子へと、奈緒子から三郎の次の住人の峠茶太郎とうげちゃたろうへと、茶太郎から近所の喫茶店の店長・木下目見へと移り、そしてここがこの作品のツボだが、一連の語りは、目見と茶太郎のかたばみ荘にまつわる話にたまたま耳を傾けていた喫茶店の客で自称小説家の日暮純一の聞き語りであったことが、やがて明るみになる。純一はかたばみ荘と深い関わり、というより曰く言いがたい因縁があり、結婚を間近に控えて東長崎界隈も新居の候補になっている。

語り手が寄り添う人物が激しく出入りした芥川賞『死んでいない者』に比べれば、語りの秩序じたいは当番制という意味で整然としているが、語られる中身は『死んでいない者』より俄然自由奔放で企てられている。そのうえでもういちど、書名である。

西武池袋線は東長崎から西への延長線上、桜台から高架線になる。そして物語もまた、東長崎に癒着する日暮純一が最後の語り手と思いきやその延長線上にもう一人の語り手が唐突に現れる。かたばみ荘の解体工事を見届けた後、桜台よりさらに西の中村橋あたりの車内で最後の語り手、純一の婚約者で小岩に住む皆実みなみは、高架が好きなんだよね、と告白する。東京の東側に住む彼女には西へ漸進する理由などない。ようは、電車の方向を間違えて乗っている。が、彼女はその間違いがもとで眼下に開けた眺めから、西側に住みたいという純一の提案をじんわりと受け入れる。そして読み手は気づく。いままさにこの延長線上の高架線で、皆実の心象風景を通して語りの構造が物語内部へと確実に手渡されていることに。

この記事の中でご紹介した本
高架線/講談社
高架線
著 者:滝口 悠生
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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