シネマの大義 / 廣瀬 純(フィルムアート社)二一世紀初頭の映画批評の金字塔として屹立しつづける|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月11日

二一世紀初頭の映画批評の金字塔として屹立しつづける

シネマの大義
著 者:廣瀬 純
出版社:フィルムアート社
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ブレッソンからゴダールやストローブ=ユイレまで、大島渚から青山真治まで、主としてヨーロッパと日本の「現代映画」を対象に、二〇〇六年から現在までに発表された四二篇の論考や講演を収録した本書は、廣瀬純の映画批評の企図とその圧倒的な力を余すところなく伝えている。冒頭に収められたインタヴューで明晰に語られているように、著者の批評的プログラムの要諦は、蓮實重彦的な表層批評のただなかにおいて、それが意図的に忘却したマルクス主義的な「政治」の活力を再導入するという点にある。そのことは、単に再び政治的な主題に目を向けることを意味するのではない。むしろ、より根源的な次元での政治、とりわけ映像の組織化の次元におけるミクロ政治に繊細なまなざしを注ぎ、映画における「記号の革命的な力」の発露を掬い上げることこそが重要になる。主題的にはいっさい政治と関わらないかにみえる山中貞雄の映画に「革命的慎み深さ」を見て取る試みは、そのような批評的実践の最良の一例にほかならない。

しかし、確かに表層批評をスタート地点に据えているとはいえ、廣瀬純の批評はそれとは似ても似つかぬやり方で本領を発揮する。彼は次々にドゥルーズ的な意味での「概念」を発明し、それを軸にして鋭利な批評を組み立てていくのだ。サミュエル・フラーは古典的映画を「背中」から撮影し直したと喝破するとき、具体的な表象の対象でもある「背中」は独自の概念に昇華する。あるいは、若松孝二の『実録・連合赤軍』はあさま山荘突入の有名な中継映像のフッテージに対する絶対的な「切り返し」を構成していると指摘するときにも、「切り返し」という映画用語は、革新的な映画的実践を名指す批評的概念となる。だが、こうした概念装置は、時として一人歩きし、具体的な映画テクストの戯れよりも強力に作動してしまっているという印象を受ける。むしろ、カラックスの『ホーリー・モーターズ』論のように、特定のキーワードにあまり頼らなくなった時期の論考の方が、概して、テクストの細部と概念的思考が見事なまでに絡み合い、間然するところのない読解を提示している。

ただし、「概念」を発明するという操作は、他方で、思想的なテクストをあたかも映画を分析するかのように読解するというスリリングな試みを可能にする。フーコーの『言葉と物』末尾における「人間」の登場を冒頭のベラスケスの「侍女たち」の分析に対する「無理な芝居の一撃」としての切り返しショットとみなす視点、「フェイス・トゥ・フェイス的配置」にこだわるレヴィナスの哲学を映画論として読解する試み、ロラン・バルトのいくつものテクストに「ロングショット」と「長回し」の方法を見て取る分析など、思想と映画を易々と往還する著者ならではのアクロバティックかつ啓発的な力業にはひたすら瞠目させられる。

こうした批評を根本的な次元で駆動しているものは何だろうか。廣瀬純は、「クソ」に埋め尽くされた絶望的な世界にどう向き合うかという問いこそが、現代映画の課題であるという。おそらく、この問いは、そっくりそのまま著者自身のものでもあるはずだ。著者が増村保造や青山真治のうちに、世界がクソに塗れていることを認識しつつ、それでもなんとかしてそこに希望を見出そうともがく倫理的な態度を見て取るとき、そこに著者自身が批評実践を通じて取っているスタンスを重ね合わせても的外れではあるまい。かつてのアンドレ・バザンの映画批評は、単に対象作品についての評価を下すだけにとどまらず、世界にどう向き合うかという根本的な問いを隅々まで行き渡らせていた。同様に、廣瀬純の批評も、その目指す方向性こそ大きく異なるとはいえ、世界に対する態度表明と表裏一体のものであり、語の根源的な意味において「政治」的なテクストたりえている。その意味でも、本書は二一世紀初頭の映画批評の金字塔として、屹立しつづけることになるだろう。

この記事の中でご紹介した本
シネマの大義/フィルムアート社
シネマの大義
著 者:廣瀬 純
出版社:フィルムアート社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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