鼎談=雨宮処凜×片山杜秀×大澤聡 90年代とはどんな時代だったのか 『1990年代論』(河出書房新社)刊行トークイベント採録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年11月10日

鼎談=雨宮処凜×片山杜秀×大澤聡
90年代とはどんな時代だったのか
『1990年代論』(河出書房新社)刊行トークイベント採録

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九月二十五日、東京・八重洲ブックセンターで批評家・大澤聡氏(一九七八年生)が編者を務めた『1990年代論』(河出書房新社)のトークイベント<「90年代」とはどんな時代だったのか 右と左とオウムとエヴァと>が行われた。本書は七〇~八〇年代生まれの論者たちが結集し、一九九〇年代の社会と文化を問い直す論集となっている。今回の登壇者は編者の大澤氏と執筆に参加した作家・活動家の雨宮処凜氏(一九七五年生)に加え、政治学者・音楽評論家の片山杜秀氏(一九六三年生)の三名。イベントの模様を再構成し収録する。 (編集部)
第1回
思想とファッションの連関

大澤 聡氏
大澤 
 今日はほぼ初対面の三人で一九九〇年代に関する議論をしてみようというわけですが、出自も肩書もばらばらの三人の共通ワードを無理やりひねり出すとすれば「超越」かなと。それは九〇年代そのもののキーワードでもありました。あのころ、「内在系/超越系」なんて分類もありましたが、「いま・ここ」ではないどこかへと思いを馳せる、現状に満足できずどこか別の場所へ行きたい、他の何者かになりたいという渇望感が九〇年代は異様に強かった。ビジュアル系にハマッたり、右翼にハマッたり、天皇といってみたり、北朝鮮に行ってみたり……。
雨宮 
 そんなオカシな人がいるのかと思ったら、全部私のことだ(笑)。
大澤 
 雨宮処凜は「ザ・九〇年代」な人なんですよ(笑)。『生き地獄天国』(ちくま文庫)は雨宮さんの自伝エッセイですが、九〇年代の空気感がよくわかる名著です。雨宮さんはビジュアル系バンドにハマッたのち、右翼系団体に加入した。もっともっと強烈な超越を……と求めていった結果でしょう。そういえば、このところ最新のビジュアル系バンドの取材をしてらっしゃるそうで。
雨宮 
 その話からはじめてしまいますか(笑)。
大澤 
 まさに九〇年代的なトピックですから(笑)。ビジュアル系というと、九〇年代後半にはインディーズとメジャーをシャッフルするかたちでブームが到来して、マリスミゼルやディルアングレイが一つの完成形態を示しました。行くとこまで行ったから、後のバンドはかなりキツかったんじゃないかと思う。
雨宮 
 二〇〇〇年代後半にゴールデンボンバーがエアーバンドとしてビジュアル系のパロディをやってしまったから、そのあとはさらにやることがなくなっている感じですよね。私は二十年以上バンギャという病を患っているけど、今は九〇年代に開化したビジュアル系の末期的症状を楽しんでいるのかもしれません。
大澤 
 元々、ビジュアル系はデータベース型の創造力によるもので、オリジナルなきパロディの無限連鎖のような側面がある。雨宮さんは九〇年代末に維新赤誠塾というバンドで活動されていたわけですけど、あれも右翼パロディですよね。心の底から愛国を掲げる人がいる。その一方で、どこかパロディやファッションのネタになりやすい。
雨宮 
 右翼は様式美が大好きですからね。
大澤 
 そう、様式美。ビジュアル系もナチスや日本軍をしばしばモチーフに使いますね。もちろん思想内容とは完全に切り離されている。片山さんは九〇年代に音楽評論を手がけつつ、戦前の右翼に関する研究に先鞭をつけてらっしゃったわけですが、思想とファッションの連関についてどう見ますか。
片山 
 戦前・戦中でも、ナチスやイタリアのファシストの格好に影響を受けた人たちは少なからずいます。近衛文麿は余興の場でですけれど、ヒトラーのコスプレをしましたし、あと、中野正剛や笹川良一ですね。団体を作ると制服を作る。三島由紀夫の「楯の会」もそうです。制服は個の消去ですから。右翼は個人主義では務まりません。
大澤 
 様式から思想にスムーズに接続する場合もあれば、思想は最後まで切断したままというケースもある。その解離が九〇年代にはっきりしました。ゼロ年代、さらに様式美を追求するとパロディしか選択肢がなかった。パロディの果てにみんなシラケてしまい、バックラッシュでより純粋なものを求めるようになっているのが現在じゃないでしょうか。政治の世界でも同じ。九三年に五五年体制が崩壊して、新小党が乱立、くっついたり離れたりを繰り返しながら政界再編が進みました。そのなかで、政党の行動プロセスがあからさまになってきた。すべて手のうちがわかったうえで、さて何をするのかで試行錯誤するのがゼロ年代以降の社会の動きだった。
片山 
 なるほど、真の新しさや驚きはもはやない時代という理解ですね。

この記事の中でご紹介した本
1990年代論/河出書房新社
1990年代論
著 者:大澤 聡
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
エキタス 生活苦しいヤツ声あげろ/かもがわ出版
エキタス 生活苦しいヤツ声あげろ
著 者:今野 晴貴、雨宮 処凜
編 集:エキタス
出版社:かもがわ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月10日 新聞掲載(第3214号)
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