京都学派 酔故伝 / 櫻井 正一郎(京都大学学術出版会)逸話が明かす文学の京都学派  新時代の「實事求是」を求めて|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月18日

逸話が明かす文学の京都学派 
新時代の「實事求是」を求めて

京都学派 酔故伝
著 者:櫻井 正一郎
出版社:京都大学学術出版会
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大学紛争さなかのこと、東京の一介の英文科学生にも、吉川幸次郎が支那服を毎日着ているという逸話は伝わっていた。彼の「酒」にまつわる話は聞いていない。題の「酔故伝」は吉川の訳書『水滸伝』のもじりで「粋」だ。「水滸」が示す梁山泊(豪傑の集まる所)に京都学派を見立てている。また、Ⅲ部の題「京都学派人物列伝」はプルタルコスの「対比列伝」(柳沼訳『英雄伝』京大学術出版会)を示し、本書の形態はボズウェル『ジョンソン伝』もダンテ『神曲』も彷彿とさせる。

京都学派は、哲学・近代経済学・憲法学・精神医学の分野、そして京大人文科学研究所が推進した学際的分野にもある。本書は、人文研の学風に応じた文学分野にもこの派があったとする。構成は「まえがき」「第Ⅰ部 實事求是――文学研究の京都学派」「第Ⅱ部 第二期の特徴」「第Ⅲ部 京都学派人物列伝」、そして「跋」(立本成文)からなる。Ⅰ部はこの文学研究が実践した「實事求是」を解説し、Ⅱ部・Ⅲ部は学問主体の生(酔/粋)態が崇敬と愛情をもって記述される。

課題遂行のため、東方文化学院京都研究所が母体の、人文研の東洋学が柱とした「實事求是」と、今西学が推進した「ヨコ社会」が基軸とされる。文学外の今西錦司が本書に登場するのは、彼が人文研に属し新風を吹き込んだからだ。前者は、事実を徹底する(「一次資料を読み切る」)立場(實事)と、「「是」をもって社会を改良する」(「社会にもっとも適切な理論を提供する」)立場(求是)に対応させられ、後者は「實事求是の方法と態度とに挑戦し」「過去の研究を踏まえるべき「實事」の営みが不十分」と「實事」への関心がより強い實事求是派から批判されたという。それは、仮説をたて調査があとになったからだ。實事求是派と今西学派のインターフェイスとなったのが多数の共同研究を推進した桑原武夫で、ヨコ社会のオーガナイザーと位置づけられている。本書の題が示唆する「酒」が活躍・機能するのは二期で、対象の各学者の酔態が3D映像さながら記述されている。乱闘の熱き酒からひっそりとした独り酒まで。桑原の酒は冷静なオーガナイザーのそれだという。  

草創期の「英雄/豪傑」は人文研外の原勝郎(日本史)、九鬼周造(哲学)、青木正兒(中国学)、第二期は人文研の前身東方文化研究所にいた吉川幸次郎(中国文学)、人文研の桑原武夫(仏文学)、今西錦司(生態学・登山家)を核とし、人文研外の深瀬基寛(英文学)、大山定一(独文学)、吉田晁(筑摩書房創業者)、富士正晴(文士)、高橋和巳(中国文学・作家)、小岸昭(独文学・マラーノ学)が主要登場人物である。

こうした人物伝中で、大学紛争時の華・高橋和巳論もいいが、「第Ⅱ部第4章 第二期と出版社」と「第Ⅲ部第2章 第二期人物列伝」中の「3 吉田晁」がいい。卓越した論考も、発表機関がなくては花と咲かない。教育現場の知的交流を超え社会に流通することは不可能に近い。第二期を実質的に支えた筑摩書房の吉田の酒との関わりと苦労が、切実に感謝をもって語られている。

昨今の人文諸科学、とりわけ文学の凋落を目の当たりにし、京都学派の学風を広く伝えんとする著者の使命感が感得される、「實事求是」実践の書である。ついでながら、「實事求是」は明治期の英語教育で活躍した東洋学者ジェームズ・サマーズの英語雑誌(一八六三~一八六五年)の題にあるように、グローバルな用語であったようだ。

この記事の中でご紹介した本
京都学派 酔故伝/京都大学学術出版会
京都学派 酔故伝
著 者:櫻井 正一郎
出版社:京都大学学術出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月17日 新聞掲載(第3215号)
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