縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか / 大島 直行(国書刊行会)学際的で斬新な視点と刺激的な見解を開示|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月18日

学際的で斬新な視点と刺激的な見解を開示

縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか
著 者:大島 直行
出版社:国書刊行会
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遺体の処理法には、土葬、火葬、風葬、鳥葬、水葬など実にさまざまな方法がある。土葬は遺体の腐敗が土中で進むもので、遺体を見えなくして腐朽させる方法である。民俗の事例では土葬の方法は多様で、たとえば埋葬後、土を突き固めるもの(土饅頭)、ふわっと土をかぶせるだけのもの、坐棺に土を入れて蓋をするものなどがあり、多くの場合「早く土に返すのだ」と言われている。縄文時代の土葬墓の発掘例では膝を折り曲げた白骨が土中に横たわっているものが知られており、それは屈葬と呼ばれてその解釈はこれまでさまざまになされてきた。たとえば、胎児の姿を表すものでそれは再生への願いが込められていたとか、死霊の再帰迷奔を防ぐため、墓壙が小さくてすむなどの見解であるが、その実証的で決定的な結論が得られるまでには至っていない。それはいずれも解釈論のレベルでの議論だからである。考古学という遺跡と遺物をめぐる研究にとって、発掘遺物の確実性とその意味解釈の多様性という問題は宿命的なものである。縄文時代中期から弥生時代前期にかけては土葬だけでなく火葬の例も知られている。本書は、今から約6000年前の縄文人の墓と埋葬の形態から、彼らが死者に込めていた想いを読み解こうとするものであるが、その土中埋納という方法も縄文時代の遺体の処理方法の中の一つであったことには留意しておいてよい。

縄文人の墓には副葬品として、土器の壺が複数添えられている。著者はたとえばこの胴の部分が膨らんでいる壺に女性の子宮をみてとり、縄文人がよみがえり、再生を願ってこれを死者に添えたと解釈をする。著者が強調するところは、「墓は死者の「とむらい=死」のためではなく、「よみがえり=再生」の場所としてつくられた。墓は「子宮」であり、そこには死はなく、あるのは生のエネルギーだけであった」という点である。縄文人の「死」の認識が自明となっており、仏教的なあの世とこの世という対比はないとして、死者の「再生」を願う場所が墓地だというのである。

民俗伝承を分析する民俗学をもってしても、およそ6000年前というのはさすがに遠い。著者は「ものの形を決める心のメカニズム」に注目し、このような読み解きに、考古学はもちろん、宗教学や人類学、民族学、民俗学など隣接分野の関連する見解も多く参照しており、それが本書の特徴ともなっている。そして、数多くのさまざまな分野の研究者の文章の一節をそれぞれたくみに取り出しては、次々と自らの論点へと導いていくという手法を採っている。それは学際的で斬新な視点と刺激的な見解を開示していっているといってもよいのだが、とはいうものの、考古学がその基本として得意としているはずの具体的な事物の実証的な分析とはやや離れた言説の世界での連想へと向かっている感じをもつ読者もいるかもしれない。遺跡や遺物という考古学のモノ資料が発信している心理のメッセージを読み取ろうとするには、やはり実証的で論理的な裏付けが必要であり、一般読者や他分野の研究者の興味を惹き共感が得られる推論でも、肝心の考古学者の学術的な賛同を得ることも重要であろう。

民俗学は、生と死の伝承についても、事例差や地域差に注目して歴史的な変遷を考えるが、遠い縄文の考古学はどうなのか、ついついそのことも考えながら、考古学の物と心の関係論への挑戦という文脈で、本書を興味深く読んだところである。

この記事の中でご紹介した本
縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか/国書刊行会
縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか
著 者:大島 直行
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月17日 新聞掲載(第3215号)
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