核の恐怖全史 核イメージは現実政治にいかなる影響を与えたか / スペンサー・R・ワート(人文書院)奇妙な現実を読み解くために  核エネルギーのイメージを見つめ直す|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月18日

奇妙な現実を読み解くために 
核エネルギーのイメージを見つめ直す

核の恐怖全史 核イメージは現実政治にいかなる影響を与えたか
著 者:スペンサー・R・ワート
出版社:人文書院
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近年、脳研究の進展により頭に浮かぶイメージを外部のモニターなどに映し出すことが可能になってきた。今のところ文字や簡単な絵程度しか映像化できないが、いずれはもっと複雑な脳内イメージを取り出せるようになるだろう。それを分析することで個人の精神形成に、イメージがどんな影響を及ぼしているか解明されるかもしれない。もし将来そんな脳内イメージ可視化装置が出現したならば、真っ先に確かめてみたいのが本書の内容である。

脳には時々刻々の体験を通じて得られるイメージが、網目をなして織り込まれている。それはただ一方的に溜まっていくだけではなく、イメージの力が我々の行動に積極的に関与する。本書によれば、核エネルギーをめぐるイメージこそ、我々の行動、特に個人の政治的な行動を左右する最大の要素であるという。核エネルギーは物質の質量を転換することで生み出される。失われる質量がごくわずかでも、得られる核エネルギーの量は莫大で、その連鎖反応を激しく進めれば核爆発が、ゆっくり進めれば原子力発電が可能になる。

核エネルギーのイメージがなぜ我々の行動に作用するのか。著者は、脳研究や心理学研究の成果を引きながら、進化の過程で、恥、欲望、幸福感などとは比べものにならないほど人間の行動に大きな影響を及ぼした感情があると指摘する。それは恐怖である。初期の人類はアフリカの大地で、逃げるか闘うかの咄嗟の判断を頻繁に求められた。そのとき恐怖が重要な役割を果たしたのだ。

こうした知見を前提に、本書は、核エネルギーを直接的、間接的に題材に含んだ小説、映画、テレビ番組、ゲームなどを多数取りあげ、時代背景を踏まえ、それぞれの作品が、人々の核のイメージ形成とどう結びついたか明らかにしてゆく。自ら作りだした怪物に脅かされ、人類全体を危機に導くマッドサイエンティストのステレオタイプを確立したメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(一八一七年)。第一次大戦開戦の直前のタイミングで世界ではじめて原子爆弾のアイデアを記し、後のアメリカの原爆開発計画の発案者レオ・シラードなどに影響を及ぼしたH・G・ウェルズの『解放された世界』(一九一四年)。冷戦期の核開発競争に潜む危険性をシニカルに描き、かえって現実の政治から人々の関心を引き離す効果を及ぼしたスタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』(一九六四年)。冷笑的、嘲笑的表現を道具として多用し、恐怖を与えるよりむしろ払拭する役割を果たした、原発作業員が主人公のテレビアニメ『シンプソンズ』(一九八九年放送開始)など、巻末の索引から勘定すると、本書は百七十もの作品を俎上に載せている。

本書で興味を引かれ、筆者は今回はじめて映画『渚にて』(一九五九年)をDVDで見た。『シンプソンズ』のようなポストモダンな物語に慣れている筆者の目には、第三次世界大戦後、放射性降下物の影響で人類が静かに息絶えていく同映画の雰囲気はあまりに暗すぎるように見えた。しかし、福島第一原発事故を経験し、米朝核戦争勃発が取りざたされる今こそ、冷戦期の映画をリアリティーをもって鑑賞できるかもしれないとも感じた。

我々は今、ある意味、映画よりも奇妙な空間に身を置いている。原発事故で手痛い目に遭った後であるにもかかわらず原発再稼働に向けた動きがはじまり、核兵器廃絶を訴えるオバマ前大統領の広島訪問が実現した翌年であるにもかかわらず米朝の指導者が核兵器使用をほのめかして脅し合いをはじめているからだ。原書は二〇一二年に出版されているので、当然ながら核をめぐる重要作品に追加された『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』などの映画も本書には入っていない。しかし、本書は最近の作品も核イメージの系譜に位置づける手がかりを与えてくれる。自分自身の精神形成に与えた核イメージを見つめ直すことで、今の奇妙な状況を読み解くことができるのではないか。(山本昭宏訳)

この記事の中でご紹介した本
核の恐怖全史 核イメージは現実政治にいかなる影響を与えたか/人文書院
核の恐怖全史 核イメージは現実政治にいかなる影響を与えたか
著 者:スペンサー・R・ワート
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月17日 新聞掲載(第3215号)
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