密告者 / フアン・ガブリエル・バスケス(作品社)暴力的な現実世界と物語内の虚構世界を一続きに感じさせる見事な手腕|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月18日

暴力的な現実世界と物語内の虚構世界を一続きに感じさせる見事な手腕

密告者
著 者:フアン・ガブリエル・バスケス
出版社:作品社
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一九七三年にコロンビアで生まれたフアン・ガブリエル・バスケスは、すでにスペイン語圏を越え国際的にも評価の高い作家で、日本でも昨年『物が落ちる音』と『コスタグアナ秘史』が相次いで翻訳された。今回紹介する『密告者』は年代的には先の二作に先行する二〇〇四年の発表で、作者が注目されるきっかけとなった作品である。同胞のノーベル賞作家ガルシア=マルケスに触発されて文学の道に進んだとはいえ、作者自身と等身大の「俺」を語り手とする物語は、魔術的リアリズムとは対極的な作風である。

作家である主人公のガブリエル・サントーロは一九八八年に、ザラ・グーターマンという、第二次世界大戦中に家族と共にコロンビアへ亡命したユダヤ系ドイツ人女性の半生を描いた『亡命に生きたある人生』を出版したのだが、法律家で雄弁術の教授でもある父親がこれを酷評する書評を発表したことで親子関係が断絶してしまっていた。その父親から三年振りに電話で呼び出され、心臓手術を受けることになったので付き添ってほしいと告げられるところからこの物語は始まるのであるが、すぐに「その親父もすでにこの世を去り、俺はこうして、この作品を書きはじめている」という一文が現れる。つまりこの小説は、「俺」が父親との関係を修復してから、彼が亡くなるまでの半年間を経て一九九四年に、秘められていた父親の衝撃的な過去を著した第二作を出版するまでの経過を語る外枠の内側に、その出版した著作自体が埋め込まれた二重構造になっており、一種のメタフィクションということができる。

手術を無事終え、これからは第二の人生を生きるのだと前向きな言葉を発していた父親が、わずか半年後に不慮の交通事故でこの世を去った後、町の名士だった彼の思いもかけない過去が愛人によって暴かれ、その名声は地に落ちる。それは父親が若かりし頃、ザラと共に親しくつきあっていた亡命ドイツ人エンリケとその一家に関係する出来事で、彼はそれがきっかけで右手の指四本を失うことになったのである。第二次世界大戦中コロンビアには戦火を逃れて多くのドイツ人が移住してきたが、コロンビアが米国側について枢軸国との国交断絶を宣言したために、彼らは日本人、イタリア人と共に敵国人と見なされることになる。エンリケの父親は、密告によってブラックリストに名前が登録されたため身柄を拘束され、順調だった商売も立ち行かなくなって、ついには自殺に追い込まれたのであった。「俺」はザラへのインタビューを通して、当時自分の父親とザラ、エンリケの間に何が起きたかを明らかにし、初めて知った父親の過去を赤裸々に描いた第二の著書『密告者』を刊行するのである。

私たち読者が読む『密告者』には「一九九五年 補遺」と題する後日談が続いていて、そこでは「俺」が父親の友人であったエンリケから連絡を受け、彼を訪ねて行った経緯が語られる。エンリケと「俺」の二人を通して、父親と、その生を引き受けざるをえない息子との関係が、この小説のテーマのひとつとして浮かび上がってくる。作家はなぜ物語を創作するのかという、書くことの意味、新たな事実が明らかにされるたびに書き換えられていく物語として歴史、ということもまた大きなテーマとなっている。

この小説では「俺」が父親と三年振りに再会した日付を始め、常に具体的な日付が記されることで、読者はあたかも語り手のガブリエルや、彼と関わる人々が実在しているかのように感じながら物語を読み進めていくことになる。反政府ゲリラや麻薬マフィアによる事件が頻発するコロンビアの暴力的な現実世界と、物語内の虚構世界を一続きに感じさせる作者の手腕は見事なもので、ガルシア=マルケスとはまったく別種のそうした文体のマジックこそが、新世代作家として彼が評価された大きな理由であろう。二人の訳者の協力による訳文は十分時間をかけたことが感じられ、信頼がおけると同時に読みやすい。(服部綾乃・石川隆介訳)

この記事の中でご紹介した本
密告者/作品社
密告者
著 者:フアン・ガブリエル・バスケス
出版社:作品社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月17日 新聞掲載(第3215号)
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