対談=望月衣塑子×永田浩三 誰も聞かないなら私が聞く 望月衣塑子著『新聞記者』(角川新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 特集
2017年11月24日

対談=望月衣塑子×永田浩三
誰も聞かないなら私が聞く
望月衣塑子著『新聞記者』(角川新書)刊行を機に

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新聞記者(望月 衣塑子)KADOKAWA
新聞記者
望月 衣塑子
KADOKAWA
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『新聞記者』の著者・望月衣塑子氏が官邸での定例会見に彗星のごとく現れたのは二〇一七年六月六日のこと。
「東京新聞、望月です」と名乗り、次々と菅官房長官に質問をするその姿はメディアやインターネット上で良くも悪くも脚光を浴びることになる。
望月氏がなぜ官邸会見に出席するようになったのか――、これまでの歩みをつづった『新聞記者』の刊行を機に、元NHKディレクター・プロデューサーで現在は武蔵大学教授を務める永田浩三氏との対談をお願いした。 (編集部)
第1回
血の通ったジャーナリストの 結構ドジな奮闘記

望月 衣塑子氏
永田 
 望月さんの新著『新聞記者』(角川新書)が刊行されてすぐに読みました。ワクワクして最後まで一気に読み終わりました。そういう本に出会うのは久しぶりです。

私は大学でジャーナリズムを教えているので、学生にもぜひ読んで欲しいと思い、学生に薦めています。現在のメディアの状況を描いているし、その中で闘っておられる望月さんの姿がフランクに描かれている。これは老若男女問わずたくさんの人に読んでもらいたい本です。望月さんは東京新聞の社会部に所属しながら六月から官邸会見に出席し加計学園問題について菅義偉内閣官房長官と対峙するようになりました。その後の忙しい時期とこの執筆時期が重なっていますね。
望月 
 執筆依頼があったのは私が六月六日に初めて記者会見に出席して、その後に文部科学省が再調査に踏み切った後くらいです。私が『武器輸出と日本企業』を書いた際の担当者で、彼女は前著とは違うテーマで書かせたかったようで、「望月さんが望月さんである理由を知りたい。自身のことを書いて欲しい」ということでした。
永田 
 本にも書かれていますが、病気になりながらも会見で質問を続けてこられました。
望月 
 七月に憩室炎で倒れる前まで一人で対峙している感じでした。精神的にはやれると思っていたけれど体が先に悲鳴をあげてしまいましたね。記者会見の張り詰めた空気の中に毎日行っていたので、プレッシャーもありましたし、緊張もしていたと思います。担当編集者も、記者会見で質問するという一歩はなかなか踏み出せないもので、なぜそれが出来たのか疑問に思ったそうです。
永田 
 記者会見の場で質問をするに至った背景、そして望月さんの信念が本からは伝わってきます。
望月 
 スタートは単純に素朴な怒りや疑問でした。官邸会見の中継を見た方からは、加計学園問題について質問をして欲しいと思っていた、質問をしてくれる記者がようやく現れた、と言われましたね。社会や市民が求めているものがあって、それにメディアは応えられていなかったのだと思います。
永田 
 会見で質問した後のまわりの反応はいかがでしたか。
望月 
 反響は凄かったです。会見で質問しないことによって既存のメディアへの不信感が相当あったのかなと反省をさせられ、メディアとしての責任も感じました。この閉塞感のある世の中に加え、安倍一強の政権によるメディア支配やメディアコントロールがされつつある中で、それを打ち破ろうという力がメディアにも、また市民にとっても必要なことだと思います。私が質問を続けることから、今の政治の問題、社会の問題を考える入り口に繋がればうれしいです。
永田 
 私は二〇一〇年に『NHK、鉄の沈黙はだれのために』(柏書房)を書きました。私が担当プロデューサーだった〈ETV2001特集「戦争をどう裁くか」〉が放送直前に改変された事件について書いたものです。その中で権力に負けてしまう側の格好悪さみたいなものを描きました。その時に読者からは、格好良いテレビの話はたくさんあるけれど、負け戦で情けない恥ずかしい部分を正直に書いている本に初めて出会ったと言われたんです。

望月さんの『新聞記者』にも、闘う姿がたくさん書かれていて格好良い部分もあるんですが、一方で……。
望月 
 結構ドジなんです(笑)。
永田 
 悔し涙を流す姿が随所に出てきて、血の通ったジャーナリストの奮闘記になっています。そんなにパーフェクトな人間がやっているわけではないことがよくわかり、ジャーナリズムの世界を目指している学生には励みや勇気を与えてくれると思います。
望月 
 正義のヒーローみたいに思われるのは嫌ですし、自分はそんな人間ではない。失敗を重ねて上司にも部下にもたくさん迷惑をかけています。それがたまたま記者会見の場に立ったというだけ。特に安倍一強に抗いたい人々にとってはシンボリックにしやすいのかもしれません。

元TBSの金平茂紀さんからはメディアからの扱いを心配されました。安保法制の時にSEALDsの奥田愛基さんが異様にもてはやされて、本来はメディアが真正面から安保法制と向き合わないといけないところを奥田さんを立て看板として使ったところがあった。それと同じように私が利用されかねないと。

期待していただくのは励みになりますが、まずは自分が何をおかしいと感じるのか、自分の疑問や疑念が払拭できているかを、第一に考えてやっていきたいと思います。

それもあって、誤解のないように等身大の自分を伝えたいと思って書きました。私はマスコミ試験も落ち続けて、ようやく引っかかって東京新聞が有り難いことに採用してくれました。エリート街道まっしぐらでは全くないし、会社に入ってからもいろいろなミスをしています。
永田 
 中学、高校時代のことも書かれていて、「女優になりたい」という気持ちもおありだったようですが、お母さんから吉田ルイ子さんの『南ア・アパルトヘイト共和国』(大月書店・一九八九年)を薦められた。ジャーナリスト・望月衣塑子の原点としてシンボリックな本ですね。
望月 
 私はたまたま、母が薦めてくれましたが、当時の日本でアパルトヘイトの問題はそれほどクローズアップされていなかったように思います。吉田さんが本を出したことで、その問題を世間に伝えていたように、中学生の私には感じました。吉田さんの生き方を見た時に、海外を飛び回れる仕事を羨ましく思いましたし、幸せそうな事象に焦点を当てるのではなく、世界に起こる負の問題にスポットライトを当てて、それを伝え、そこから何かできるかを考える生き様が格好良いと憧れを抱くようになりました。
永田 
 お母さんからの影響はありましたか。
望月 
 母は晩年、精神に障害を抱える女性の社会復帰を助ける更生施設に勤めていました。そうした女性の中には幼い時に親から性的虐待を受けていたという方が多く、辛い過去を背負い、苦しみながら生きている。彼女たちの過去を完全に消すことはできないけれど、少しでも前向きになって社会に戻って自立できるように、と手助けをしていました。社会の中で苦しんでいる人を母は見つめ続けていましたね。障害を抱えている人たちに寄り添うことで自分自身の生き方が見直せるというようなことも言っていました。

私は背負い込んでしまうタイプなので母と同じようにはできないけれど、そういうことを描き出して伝える仕事ならできるかなと思っていました。

この記事の中でご紹介した本
新聞記者/KADOKAWA
新聞記者
著 者:望月 衣塑子
出版社:KADOKAWA
以下のオンライン書店でご購入できます
Black Box/文藝春秋
Black Box
著 者:伊藤 詩織
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月24日 新聞掲載(第3216号)
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