心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い / 信原 幸弘(新曜社)専門哲学者と個別科学者との相互交流の場に  心の哲学に関する最良の入門書|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月25日

専門哲学者と個別科学者との相互交流の場に 
心の哲学に関する最良の入門書

心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い
著 者:信原 幸弘
出版社:新曜社
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本書はキーワードの概説を通して「心の哲学(Philosophy of Mind)」の到達点を示そうとしたものである。執筆者は、斯学の本邦を代表する哲学者を編者として、そこに気鋭の論者が参入し、少数の医師も加わっている。

心の哲学においては、「心」にせよ「哲学」にせよ、どちらの語も通常の語感とは異なった内実をもっている。日本語で「心」といえば、「先生」と「私」の心の交流を描いた夏目漱石の『こころ』、第二次大戦後のオールド・リベラリストたちによる同人誌『心』などを思い起こす人もいるかもしれない。その「心」は、心の情緒的な側面の意であり、後者には当時の代表的なカント哲学者安倍能成、天野貞祐も参画していた。

しかしながら、心の哲学における「心」とは、情緒的側面よりも、むしろ認識的側面を扱う。「哲学」の意味するところも、モラリスト的な人生哲学ではなく、事象の原理に関する理論哲学である。その意味で、心の哲学とは「認識(認知)に関する研究の原理的問題に関する哲学」であり、認知科学の哲学(Philosophy of Cognitive Sciences)と換言し得る。実際、それは科学哲学(Philosophy of Sciences)の一分野であり、認知に関わる諸学を対象とする。具体的には、神経科学、進化生物学、電算機科学等であり、近年では心理学、精神医学も対象とされるようになってきた。

心の哲学の基本的なテーマは、精神と身体とはどう関わるかという問い(心身問題)である。歴史的には、それはデカルトが『哲学原理』『省察』等で提示した心身実体二元論と、それがもたらした理論上の混乱が嚆矢とされる。脳科学隆盛の今日にあっては、心身問題は「脳と心の関係についての問い」と言い換えていいであろう。本書では、それらの問題が二元論(相互作用説、並行説、随伴説他)、一元論(物理主義、行動主義、同一説、機能主義、消去主義他)等の多様な視座から議論され、クオリア、志向性、命題的態度、自由意志、自己、他者等の基本概念が俎上に載せられている。キーワードの多くは、知・情・意のうちの知・意に関わるものだが、「美的経験」「倫理的徳」「フレーム問題と情動」等、情に関わる項目も少数混じる。

本書は、各自の関心にしたがって事典として使うのもよし、心の哲学の全体像を把握するために通読するのもよしと、いく通りもの使い方ができる。脚注に日本語で入手できるものを中心に文献を紹介してあり、さらに深く理解したい人のための道が開かれている。学説を賛否の両面から取り上げ、最後に各寄稿者が控えめながら自説を付すといった構成である。第I部が心身問題の総論に関わる事項、第Ⅱ部が志向性、命題的態度、クオリア等の心身問題から派生した各論的な問題、第Ⅲ部において、心理学、電算機科学、脳科学、精神医学など認知諸学から生じた課題を扱っている。

かつて三木清は哲学を学ぶにあたって「どこまでも自分に立脚して勉強することが大切である」(『読書と人生』)と述べた。この言葉は、心の哲学にも妥当しよう。とりわけ、哲学者以外の読者は、自身の専門領域において内発的問題をもっているはずであり、それを手掛かりにして本書を読めばいい。知覚心理学の徒ならば、「アフォーダンス」の項が、動物行動学が専門ならば、「社会性と社会脳」の項が近づきやすいであろう。数学・物理学が専門ならば、「予測誤差最小化理論」ないし「力学系理論」から読み始めればいいだろう。こうして読み進めるなかで、そこで出会った問題をとらえて、それを深めるべく、第I部、第Ⅱ部の項目を概観し、そのなかの特定の項目に関心を抱いたら、脚注の参考文献を求めてもいい。

本書は心の哲学に関する最良の入門書である。本書刊行の意義は、専門哲学者と個別科学者との相互交流の場を作った点にあるといえる。

この記事の中でご紹介した本
心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い/新曜社
心の哲学 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い
著 者:信原 幸弘
出版社:新曜社
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2017年11月24日 新聞掲載(第3216号)
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