私説大阪テレビコメディ史 花登筐と芦屋雁之助 / 澤田 隆治(筑摩書房)歴史として後世にきちんと伝えようという意志は明確|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年11月25日

歴史として後世にきちんと伝えようという意志は明確

私説大阪テレビコメディ史 花登筐と芦屋雁之助
著 者:澤田 隆治
出版社:筑摩書房
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芦屋雁之助といえば、現在四〇歳の筆者には何といっても、彼が放浪の画家・山下清に扮したドラマ『裸の大将放浪記』が思い出される。雁之助の「ぼくは、おにぎりが好きなんだな」などといったセリフを、子供のころ真似したという同世代は結構多いのではないか。
『裸の大将』は、関西テレビ制作・フジテレビ系の『花王名人劇場』の枠で一九八〇年から九七年まで放送された。この企画が実現したのは、同番組のプロデューサーだった澤田隆治氏が、会議前の空き時間に入った銀座の書店でたまたま雁之助と会い、話を持ちかけたのがきっかけだという。山下清は、かつて雁之助が自ら主宰する「喜劇座」の舞台で演じた当たり役だった。

澤田氏の近著『私説大阪テレビコメディ史――花登筐と芦屋雁之助』は、こんな雁之助との思い出話から始まる。本書は、昭和三〇年代から五〇年代にかけて大阪の朝日放送のディレクターだった氏が、タイトルにあるとおり、そのころのコメディ番組を芦屋雁之助と花登筐を軸に振り返ったものだ。花登の名はもはや私の世代ではなじみが薄いが、『番頭はんと丁稚どん』『細うで繁盛記』『どてらい男』などの人気番組の台本を手がけ、一時代を築いた人物である。

花登はかなりクセの強い人物であったらしい。晩年の週刊誌での『私の裏切り裏切られ史』と題する連載では、かつて自分が“裏切られた”人物を実名であげ、物議を醸した。澤田氏も、自身の手がけた大ヒット番組『てなもんや三度笠』の打ち切りの理由について、誰にも話していないことを暴露され、驚いたという。この話から本書では、同番組終了の経緯が初めてつまびらかにされている。

花登はまた、雁之助やその弟の芦屋小雁、大村崑ら若手役者とともに結成した劇団「笑いの王国」でも確執を生んだ。ついには雁之助とのトラブルが引き金となり、劇団は解散となる。花登と雁之助はじつに因縁の関係にあったのだ。

こうして書くと花登の強烈な個性が際立つが、澤田氏は自らの記憶にのみ頼るのではなく、多くの資料にあたりながら、きわめて公平に書いている。「私説」と銘打たれてはいるものの、歴史として後世にきちんと伝えようという意志は明確だ。

クセは強かったとはいえ、花登筐が芦屋雁之助らを育てたことは間違いない。澤田氏も花登の番組から多くを学んだ。そうして大きな足跡を残しながら、花登は一九八三年に五五歳で死去。そのころ雁之助は、『裸の大将』のヒットで、テレビに舞台にと大活躍するようになっていた。亡くなったのは二〇〇四年のことである。

本書は筑摩書房のPR誌『ちくま』での連載「平成コメディアン史」がもとになっている。同連載は、澤田氏が『決定版上方芸能列伝』(ちくま文庫)で書き洩らした芸能人についてとりあげようと始めたものの、雁之助だけで二年にわたり書くことになった。それでも氏はなお、ほかの人物についてもできるかぎり多く書き残しておきたいと意欲を示す。テレビ史を研究する者にとって、こうした仕事が貴重であることはいうまでもない。

この記事の中でご紹介した本
私説大阪テレビコメディ史 花登筐と芦屋雁之助/筑摩書房
私説大阪テレビコメディ史 花登筐と芦屋雁之助
著 者:澤田 隆治
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月24日 新聞掲載(第3216号)
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