そこに月があったということに / 鈴木 正枝(書肆子午線)鈴木 正枝著 『そこに月があったということに』 明治大学 滝田 岳臣|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年11月25日

鈴木 正枝著 『そこに月があったということに』
明治大学 滝田 岳臣

そこに月があったということに
著 者:鈴木 正枝
出版社:書肆子午線
このエントリーをはてなブックマークに追加
沼の奥底の汚泥からは常に小さな気泡がたちのぼっている。
そのうちの幾つかが水面に到達し、
青空のもと、ふっとはじけて私の意識を揺さぶる。

本書の最初に、この言葉がつづられている。沼からたちのぼる小さな気泡。それが静かにはじけた。文章にしてみればなんてことのないこと。しかし、ただそれだけのことが意識を揺さぶるのだ。この詩集の中の詩の多くは、このようなささやかなこと、世の中から見ればなんでもないようなことがつづられている。コップに挿された一輪の薔薇、陽が落ちて姿を現す月、木から落ちるりんご、スーパーで買った魚のアラなんてものもある。それらの小さなことを、耳を澄まさなければ聞こえないようなこの世界の声を、著者は自らの言葉として紡ぎ出す。本書はそんな言葉で構成されているのだ。著者の手を介して言葉となったこの世界の小さな声、いわば世界のささやきは私たちの心に、驚くほど自然に染み込んでくる。
「『今』という、この貴重な時間を無駄にしないで成長しよう」

最近、世間ではこのような言葉をよく見かける。この言葉は主に、学生や新社会人といった若者に向けられているものだ。資格取得やらスキルアップやら、社会で仕事をするときに必要な技術を身に着ける。世間で言う、「身になること」をしていこう。そんな意味に聞こえる言葉だ。この言葉によると、これ以外のことにかける時間はどうやら無駄であるらしい。なるほど、確かに詩が仕事に役立つのかと言われると、多くの場合は役立たないかもしれない。しかしそれでも言わせてもらおう。言葉は染みる。人の心に直接響く。誰かの感動的な行動は、受け取る側の思考という言葉を介して伝わる。心に起こる感動だって、言葉によって引き起こされる。壊すのも、救うのも、誰かの心を動かすのはいつだって言葉だ。世間で言われる、いわゆる「成長」も、言葉の力には遠く及ばない。言葉に触れる時間は決して無駄ではない。

書名の「そこに月があったということに」という言葉は、本書内の一編である「陽が落ちて」の中の言葉だ。私たちは陽が落ちて初めてそこに月があったということに気付く。月は急に現れたわけではない。その存在を私たちは知っているのに、そこにあることに気付かない。それと同じことなのだ。私たちは世界のささやきを感じ、世界のどこかに思いを馳せることが出来る。誰かと心を通じ合わせることが出来る。いつでも、どこにいても、何かを感じることが出来る。そう、私たちは実は知っている。ただ気付いていない。この世界にはどんな時も、どんな場所にも、私たち自身の中にも、言葉が存在するのだ。

あなたが本書に触れ、著者が紡いだ世界のささやきを聞いたならば、あなたが触れるこの世界はきっと、ほんの少しだけ違ったものになる。世界に触れたあなた自身が、他の誰でもないあなたの言葉を紡ぎ出せる。なぜならば、この世界は言葉で満ちているのだから。

この記事の中でご紹介した本
そこに月があったということに/書肆子午線
そこに月があったということに
著 者:鈴木 正枝
出版社:書肆子午線
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年11月24日 新聞掲載(第3216号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
【書評キャンパス】大学生がススメる本のその他の記事
【書評キャンパス】大学生がススメる本をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 関連記事
詩の関連記事をもっと見る >