残像のモダニズム 「共感のヒューマニズム」をめざして / 槇 文彦(岩波書店 )木しか見えない建築家たちへの贈り物  レジェンド建築家からのメッセージ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月2日

木しか見えない建築家たちへの贈り物 
レジェンド建築家からのメッセージ

残像のモダニズム 「共感のヒューマニズム」をめざして
著 者:槇 文彦
出版社:岩波書店
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著者をレジェンド建築家と称すと、お叱りを受けるかもしれない。私も建築家教育を受けるなかで、“40・50は洟垂れ小僧”という言葉をよく耳にした。立派な自立した建築家になるためには、長い経験を積み、70代・80代になってようやく一人前になるという格言だ。

著者はとうに一般社会における引退の年齢を超えているが、格言にあるように現役で活躍し、しかもその活動範囲も日本はもちろんのこと世界の建築界の先端を走り続けているまだまだ衰えを知らない稀有な建築家だ。その意味では、レジェンドというよりは、日本を代表する著名建築家というべきかもしれない。

それでも、本書を読めば、著者の現役建築家としての顔とともに多くの建築家たちが若かりし頃刺激を受けた世界の建築家たちとの出会いから人となりを昨日のことのように生き生きと語られるモダニズム建築の語り部の顔も見て取れるのである。そうしたいわば戦後の世界の新しい建築と都市の開拓者たちと一緒に新しい道を切り開いてきた人物であるゆえ、著者の言葉は重く、心に響く。

とりわけ、著者が改めて今日の建築界で注目され、一目置かれる存在になったのは新国立競技場計画への問いかけであった。その主張は、本書にも収録されており、著者が問いかけた建築界の問題を再確認できるものとなっている。

偶然にも、評者はこの原稿を書いている最中にソウルで、ザハ・ハデッドの手掛けた東大門デザインプラザの見学の機会を得た。アニメなどで目にしたことのあるような近未來的で幻想的な建築を前にして、最も強く感じたのはその無機的表現とヒューマンスケールをはるかに超えた巨大性だった。内部は店舗部分の賑わいに反し、核となる博物館ゾーンはクローズ。巨大ゆえ、使いきれずに持て余しているような印象も強く感じた。

著者は、新国立競技場の問題を、ザハの個性豊かなデザインの問題とは捉えなかった。デザインそのものの優劣ではなく、そのスケールと与えられた敷地の解釈について疑問を投げかけたのである。しかもその疑問は、単なる批判ではなく、かつて自ら手掛けた現在の東京体育館の設計経験をもとに発したものだった。こうした堅実的な観点からの批判は、作品の優劣を超え、やがて設計者選定過程の問題とともに設計競技の在り方の問題へと発展していくことになる。

こうした指摘は、改めて本書を読み直すと、単に新国立競技場というひとつの建築の批判を超え、わが国の建築界そのものの体質への批判へと展開していることがわかる。いわば、建築に携わる人々への警告なのだ。そして、その警告は、必然的に、モダニズム建築の導入と展開を推し進める中で、本来変えていくべきものだった日本的体質がいまだ変わっていないことへの反省でもあるように思う。

いわれてみれば、今日、日本に建築評論家と呼ばれる人がいなくなった。建築を褒める人はいても、批評する人がいない。総じて、建築のマスメディアも専門誌の部数が減るなど影響力が低下し、風俗としての娯楽雑誌での紹介へと変貌している状況と深い関係があるように思われる。いわば、日本的体質への批判の場そのものが失われつつあり、また、そもそもそのような問題への無関心さを示しているのかもしれない。

こうした重い主張とともに、著者は、建築と共に都市を語る貴重な建築家でもあり、本書には未来に向けての都市の可能性を示唆する小論も満載。そのひとつが“細粒都市”。東京に象徴される日本の都市を小さな建築の集合体である“細粒都市”と称する筆者は、その空間特性を「動」と「静」の近接感であるとし、こうした空間特性が日本的都市の魅力と述べている。この「動」と「静」は、伝統的な「ハレ」と「ケ」といった二項対立的なものの共存性とも共通し、こうした魅力は「思いやり」や「いたわり」といったメンタリティを共有するコミュニティの存在とともに誕生したと推測している。

建築家の多くは、その手掛けた建築に傾倒するあまり、単体としての魅力を重視しすぎる。いわば、“木を見て森を見ず”というわけだ。新国立競技場の批判もこうした姿勢へのものだった。本書は、改めて、都市と建築という観点から未来の建築を考える姿勢の重要性を指摘しているのである。

この記事の中でご紹介した本
残像のモダニズム 「共感のヒューマニズム」をめざして/岩波書店
残像のモダニズム 「共感のヒューマニズム」をめざして
著 者:槇 文彦
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月1日 新聞掲載(第3217号)
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