中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選 / 張 愛玲(岩波書店)人気作家としての一面にとどまらない側面を伝える|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選 / 張 愛玲(岩波書店)人気作家としての一面にとどまらない側面を伝える・・・
読書人紙面掲載 書評
2017年12月2日

人気作家としての一面にとどまらない側面を伝える

中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選
著 者:張 愛玲
出版社:岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
張愛玲は中国現代文学の世界で一二を争う人気作家である。彼女の作品は、代表作と目される『傾城の恋』や、映画化もされた『ラスト・コーション』など、これまでも日本語に翻訳されてきた。本書は訳者である濱田麻矢氏が、今まで翻訳されていない短篇小説三篇を選んだ最新の選集である。

張愛玲は、一九四〇年代、日本占領下の上海で文学者としてデビューし、一躍人気作家となったと言われる。彼女の作品は、大部分が比較的裕福な家の女性を主人公とする恋愛物語であったが、単なる通俗的ロマンスではなかった。人の心理への透徹した観察に基づいて、綿密に構成された物語を、繊細な描写によって語りあげるものであった。その作品は、当時の上海のみならず、多くの読者を惹きつけてきた。共産主義体制下の中国大陸では長らく禁書扱いになったが、一九六〇年代以降台湾・香港で人気に火がつき、一九八〇年代以降は中国大陸でも人気作家となった。さらに近年では中華圏以外でも人気を博しつつある。彼女の描き出す小説世界が、特定の場を離れて、広い読者に訴えかける力をもっているためであろう。本書に収録されたデビュー作を読むと、張愛玲が最初から小説家として成熟していたことがうかがわれる。本書は、デビュー作から始まる張愛玲の足跡を紹介し、彼女の小説世界の魅力を存分に伝えている。

しかし本書が興味深いのは、張愛玲の人気作家としての一面にとどまらない側面を伝えているところである。張愛玲は日本占領時期の上海で人気作家となり、デビューから戦争終結までの二年間のあいだに大量の作品を執筆した。今でも読者に人気のあるのは、主としてこの時期の作品である。ところが一九四五年以降の歩みは、決して順調とは言えなかった。はじめ中国大陸に残ったが、やがて香港へ移動し、一九五五年以降はアメリカで暮らしている。その間も断続的に作品を執筆したものの、かつてのような人気作家となることはなく、晩年はむしろ孤独な生活を送ったとされる。

張愛玲の作品世界がいわば普遍的な魅力をもっていることを考えると、彼女が日本占領下上海というさまざまな制約の多い場を離れたあと、むしろ不遇であったという事実は、興味をかき立てられる。とはいえ、これまでの張愛玲に対する関心は、主に上海時代が中心であった。それに対して本書は、張愛玲がアメリカに渡ったあとの、いわば後期の作品を収録している。本書に収録した三篇の短篇小説のうち、デビュー作を除くと、あとの二篇は渡米以降の作品である。

本書の意図を最も良く示しているのは、表題作でもある「中国が愛を知ったころ」であろう。小説作品としての緊密さは、残念ながらデビュー作をはじめとする人気作品に及ばないかもしれない。しかしこの作品は、工夫を凝らした邦題がよく表現しているように、中国という東洋的倫理に縛られていた国家が、近代的な「恋愛」に出会ったことから始まる悲喜劇を描き出している。思えば張愛玲が描き出す恋愛は、つねに複雑な陰影に富んでおり、だからこそ時空を超えて反響を呼んだのだが、彼女が見据えていたのは、中国という東洋の社会に異物として突き刺さる近代的恋愛の痛みだったのかもしれない。本書は、訳者の巧みな選択によって、張愛玲という作家の根源に読者をいざない、それによって張愛玲作品を、東洋にとっての「近代」という、より広い視野において読まれる文学として提示したのである。(浜田麻矢訳)

この記事の中でご紹介した本
中国が愛を知ったころ  張愛玲短篇選/岩波書店
中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選
著 者:張 愛玲
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月1日 新聞掲載(第3217号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
鈴木 将久 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > 中国文学関連記事
中国文学の関連記事をもっと見る >