殺すぞ!と云へばどうぞとほゝゑみぬ其時フツと殺す気になりぬ  夢野久作『猟奇歌』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね 第52回
2016年9月2日

殺すぞ!と云へばどうぞとほゝゑみぬ其時フツと殺す気になりぬ  夢野久作『猟奇歌』

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『ドグラ・マグラ』で有名な小説家の夢野久作は、実は歌人でもあり、佐佐木信綱主宰の「心の花」に投稿していたこともある。そしてすでに探偵小説家として出発していた1927年(昭和2年)から1935年(昭和10年)まで、「猟奇歌」と題した犯罪や狂人などの猟奇的なモチーフを持ち込んだ短歌を、主に探偵小説の専門誌にて断続的に発表した。これはおよそ短歌のイメージとそぐわないモチーフをぶつけてみたら面白いのではという程度のお遊びだったらしく、久作本人も歌集としてまとめてはいない。探偵小説の読者層ともいまひとつ噛み合っていなかったようで、読者から募った投稿歌も大したものは出なかった。しかしほぼ同時期に、やはり同じ信綱門下である前川佐美雄がモダニズム短歌運動の一端としてフィクションの犯罪を詠んでいたことは、必ずしも偶然とはいえないような気もする。

作品そのものの質をみれば久作の猟奇歌は、三行書きの記法といい文体といい、石川啄木の模倣にすぎない。しかし啄木の中のとりわけ暴力的な部分だけを煎じて煮つめたことで、それまでの近代短歌の美学ではくくることのできない「猟奇歌」という方法論を提示したこと自体は面白い試みだった。引用した一首などは、「一人称の詩である」という短歌の特性がうまく作用して、人間の中の何かが壊れて犯罪へと走ってしまう瞬間を奇妙なリアリティで表現することに成功してしまった例なのではないかと思う。
2016年9月2日 新聞掲載(第3155号)
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