植民地期台湾の映画 発見されたプロパガンダ・フィルムの研究 / 三澤 真美恵(東京大学出版会)統治者はいかに台湾を表象してきたか  修復されたフィルムからみえてくること|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月2日

統治者はいかに台湾を表象してきたか 
修復されたフィルムからみえてくること

植民地期台湾の映画 発見されたプロパガンダ・フィルムの研究
著 者:三澤 真美恵
出版社:東京大学出版会
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2003年、台南で映画研究をしている大学教授のもとに、骨董蒐集家の友人から、嘉義の町で日本統治時代の映画が大量に発見され、買い手を探しているという連絡が来る。ただちに駆け付けてみると、町医者の駐車場に50箱ほどの箱が積み上げられている。中身は缶に入ったフィルムと脚本だ。映写機もある。実はいくつかの博物館やテレビ局にも声をかけたのだが、誰も昔のフィルムについて知識がないので、価値を判断できなかったという。

もちろん教授の勤務校にも潤沢な予算があるわけではない。だがフィルムはそのまま放置しておくと、どんどん劣化していくだろう。彼はたくさんの申請書と企画書を書いて、あちらこちらに送るが、梨のつぶてだ。そのうち持ち主は、日本人が買いたがっているといってくる。もはや猶予は許されない。そのとき救いの神が現れる。国立台湾歴史博物館が、すべてを史料として引き取りたいといってきた。教授は勤務校のスタッフを動員して、フィルムの修復を引き受ける。

こうして2005年、175巻のフィルムが国立台南芸術大学(南芸大)の井迎瑞教授のもとで修復されることとなった。3年後、修復作業が完了すると、重要なフィルムはDVDに纏められた。発見されたものの大半は日本から移入された日本映画であったが、宣伝映画『台南州 国民道場』や『南進台湾』のように、台湾で制作された貴重な宣伝映画も、少数ではあるが含まれていた。

映画を修復保存するにあたっては、三つのことが重要である。そのフィルムがどのような経緯を辿って発見され、どのような状態にあるのか。そこにはどのようなものが映し出されているのか。最後に、そのフィルムが製作された時期の文化・社会・政治の状況とは、どのようなものだったのか。以上の事項を明確にするためには、ありとあらゆる情報が収集されなければならない。だが残念なことに日本の歴史学者は、まだまだ映像資料を史料として活用するという認識がきわめて低い。わたしはサラマンカでスペイン戦争の研究をしたという教授に会ったことがあるが、彼は共和国政府を代表してプロパガンダ映画を制作していたルイス・ブニュエルについて、名前も知らなかった。

日本統治下の台湾映画を研究するさいに台湾人研究者が遭遇する困難とは、フィルムの周辺資料のことごとくが統治者の言語で記されていることである。日本語を解さない研究者は、ここから先には進めなくなる。嘉義で発見されたフィルムの内容を読み解き、しかるべき文脈のもとに理解するためには、日本人の協力を仰がなければならない。本書が台湾史研究家である三澤真美恵によって編纂されたのは、そのためである。三澤は6人の人物に声をかけた。一人を除いて、すべて日本人。近現代史研究家と音楽学者が4人。映画に直接関係していたのは、映画保存を専門とするとちぎあきらだけであった。彼らはDVDに収録されたフィルムを繰り返し観て、その読解の結果を研究論文として纏めた。わたしは三澤も含め、歴史学の専門家が映画という分野に接近することは、いいことだと思う。映画史の専門家がそれに喚起され、単なる巨匠の評伝や名作の分析を越えた領野へと向かうのに、よい契機となるからだ。

本書は修復されたフィルムの性格に応じて、二つの部分からなっている。前半は台湾で公開された日本映画を取り上げ、戦時下にあって、台湾人がどのように国策映画やアニメーション映画を受容したかという問題が論じられ、そこに表象されている具体的なメッセージ(納税、貯蓄、健康、体育大会など)と、植民地における国民精神総動員運動の関連が分析されている。だがわたしにとってより興味深く思えたのは、統治者側が本土の日本人に向けて、いかに台湾を表象してきたかを分析した、後半部の諸論文であった。

『台南州 国民道場』では、植民地に生きる青年たちの内面は無視され、ただその規律化された身体が強調されている。これは両大戦間のプロパガンダ映画では、シオニズムからナチズム、また満映の啓民映画までに共通するモードである。また『南進台湾』では、台湾に固有の文化風俗を紹介するという名目を掲げながらも、統治者の側の視点の狭さと意図的な隠蔽が、フィルムの細かな読み取りのもとに指摘されている。撮影者は台湾の城市に設けられた神社をカメラには収めても、津々浦々に存在する伝統的な廟については一顧だにしない。本来の台湾文化が登場すると、ただちに音声が消えてしまう。すべては、あたかも台湾の歴史が日本統治によって初めて存在するにいたったかのようだ。具体的な画面に向けられたこうした批判的な眼差しは、きわめて貴重なものである。ちなみに本書では、分析対象である多くのフィルムがDVDとして付録につけられており、論考の理解を助けている。

日本統治下にあった台湾では、なぜ映画産業が発達しなかったのか。朝鮮では、台湾に比べて15年も植民地化が遅れたにもかかわらず、少なからぬ制作会社が成立し、俳優と監督が輩出している。だが台湾では映画産業が起きなかった。台湾人は他者(日本人)によって撮影されることはあっても、なぜみずからの手でみずからを映画として表象することができなかったのか。わたしは長い間、このことを疑問に思ってきた。事情は台湾でも同じだったようで、台北芸大の李道明教授からも、その原因の解明が急務であると告げられたことがあった。

本書はこの問いに正面から答えているものではない。とはいうものの、日本の植民地政策が台湾をいかに映画的に表象し、台湾全島において日本映画がいかに巡回上映されたかを知ることは、やはり重要なことである。日本人にとって台湾映画を語るということは、エドワード・ヤンを持て囃すことではない。今は誰も顧みることがなくなった植民地時代のフィルムをコツコツと修復し、歴史資料としてDVDの形で公開してきた南芸大と井迎瑞教授の姿勢に、わたしは深い敬意を感じないわけにはいかない。日本映画に関わる者は、それを他山の石とすべきであろう。

この記事の中でご紹介した本
植民地期台湾の映画 発見されたプロパガンダ・フィルムの研究/東京大学出版会
植民地期台湾の映画 発見されたプロパガンダ・フィルムの研究
著 者:三澤 真美恵
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月1日 新聞掲載(第3217号)
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