貧困と自己責任の近世日本史 / 木下 光生(人文書院)現代日本社会に対する怒り  強い問題意識に貫かれた書|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月2日

現代日本社会に対する怒り 
強い問題意識に貫かれた書

貧困と自己責任の近世日本史
著 者:木下 光生
出版社:人文書院
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本作は、日本の近世史を現代の貧困と自己責任の視点からとらえ返した意欲作である。著者をして「本書の執筆へと駆り立たしめているのは、現代日本社会に対する怒りである。二十一世紀日本は、なぜ、かほどまでに生活困窮者の公的救済に冷たい社会となり、異常なまでに「自己責任」を追求する社会となってしまったのか。それを、近世日本の村社会を基点として、歴史的に考察してみよう、というのが本書を貫く問題意識である」。

この冒頭の一節に表されているように、本作は強い問題意識に貫かれた書であり、近年の学術書には見られない迫力を備えた内容となっている。
・内容のポイント

本書の目的からして特に重要と思われるポイントをいくつか紹介したい。まず、本書で一貫して採られている姿勢は、従来の研究に見られる「単線的」あるいは「段階」論的な見方を排し、より実証的な観点から村人たちに寄り添うというものである。

その上で、次のような指摘がなされる。まず、近世の貧困とは、融通無碍な(言い換えれば「法則性」がない)ものだった。石高が高く財政も健全な世帯であっても破産したり帳外の憂き目に遭う一方で、本来「貧困」とみなされるような、可処分所得がまったくなく、世帯収支も大赤字の世帯が破産も夜逃げもしないでいることもあった。また、赤字の世帯であっても「一定の生活水準を保とうとするがゆえに、自らの手で赤字を招来してしまっていた」というのだ。

このように、本書によれば従来の研究で考えられてきたような、商品経済の農村への浸透や、これに伴う領主の「年貢収奪」といった理由から貧困が「法則的」に現れたのではない。むしろ、こうした貧困の法則性のなさこそが、人々の自己責任意識を強めた要因だった。

一方で、貧困に対する救済制度の在り方が、この自己責任意識を強化した。近世日本では、領主による救済は臨時的にしか実施されず、村の救済も、やはり臨時を本質としていた。つまり、民間による自力救済が基本とされてきたのだ。

また、近世の救済は「個別具体的な個」に対するものであり、「救済に値する者」は、「働き方」や「素行」によって個別的に判断されていた。しかも、村は「救済に値する者」を一律の基準なしに、そのつど判断していた。

さらに、救済をうける者は、住宅の取り壊しや日常的な行動規制を受けるなど、「公開処刑的な社会的制裁」が課せられた。強いスティグマが存在したために、あえて救済を受けることを忌避する者もいたほどだという。このように、日本近世の村社会においては、臨時的、限定的な救済が当然視されており、この伝統が日本社会に積み重なっているという。

この新しい知見を踏まえた比較史のアプローチは、近世日本の特質をあらわにする。「個の救済」と教区内自治に支えられた受給者制裁という面で、日本は近世イングランドに類似している。一方で、プロイセンでは領民の生活保障は領主の責任であり、領民や村の「負担」ではなかったため、給付型の公的救済に際して制裁が発動されなかった。同じく清においても全国規模で備荒貯蓄体制が敷かれ、「タダで助けてもらう」ことに対する社会的な忌避感も、制裁もなかった。
・日本社会を見直すきっかけ

以上のように、本書の知見によれば、現代日本に蔓延する異常なまでの「自己責任」意識は、近世の人びとの歴史的に積み重ねられた経験の延長線上にある。日本社会は「恒常的で十分な生活保障を良しとする歴史的訓練をまったく積み重ねてこなかった」。そのため、現代日本の貧困に対する冷徹な態度も、「歴史的に見るとむしろ「正しい」姿勢だとさえ言える」というのだ。

これだけの歴史的経験の厚みを乗り越えることは、確かにたやすいことではない。だが、本書は日本社会を私たち自身が問い直す、重要なきっかけを与えてくれることだろう。

この記事の中でご紹介した本
貧困と自己責任の近世日本史/人文書院
貧困と自己責任の近世日本史
著 者:木下 光生
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月1日 新聞掲載(第3217号)
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