〈12月〉二人冗語 ショッピングモールで文学を  ふくだももこ「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月12日

〈12月〉二人冗語 ショッピングモールで文学を 
ふくだももこ「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」

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馬場 
 今月は定番四誌ですが、いかがでしたか。実を言うと私は今までで一番選択肢がなくて困っていますが…。
福島 
 そうですね。全体的に本数が少なかったというのもありますが、最後にこれほど取り乱すことになるとは思いませんでした。唯一気炎をはいていたのが、ふくだももこ「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」(すばる)でしょうか。
馬場 
 ですね。本作は、父親が突然専業主夫をしたいと言い出したために、専業主婦だった母親が家を出て行ってしまう事件からはじまります。主人公(最後に名前が純だとわかる)の高一女子は、ぜんぶ父親のせいだと怒りをためこみ、父親のつくる食事を拒否。ある日、母親の方が上手だったお好み焼きが夕食だと告げられ、家に帰るのも拒絶し、同級生の転校生男子・伊尾と一晩ショッピングモールで過ごすことになります。この二人を結びつけているのがブルーハーツ。福島さん世代のバンドですよね?
福島 
 友人に聴かされてインディーズ時代から知っていたのですが、彼らがメジャーデビューした一九八七年、僕は高校生でした。当時二〇代だった中森明夫が『東京トンガリキッズ』という小説でデビューし、作品内でブルーハーツに憧れる少年を扱っていたのをリアルタイムで読んだ記憶があります。中森が五九年生まれ、僕が七〇年生まれですが、ふくだは何年生まれでしょうか?
馬場 
 九一年生まれとあるので、今は二〇代半ば。彼女が生まれる前からのバンドですね。
福島 
 二〇年の隔たりがある。とはいえ、インディーズ時代に原宿の歩行者天国で歌っていた彼らをシングル8で撮影して、それこそ隠れキリシタンみたいに深夜にこっそり高校の部室に集まって、上映会をしてサバトのように騒いでいたのが一六、七歳だから、聴いていた年齢は主人公と同じです。しかし、その後、ブルーハーツは若者のカラオケの〆ソングになってしまって、最近でも、歳下の同僚がリンダリンダを歌ってゲラゲラ笑いながら飛び跳ねては北九州の小さなスナックの床を揺らし、ママに止めて、店を壊さないで!と言われている午前零時の情景を目の当たりにするのは、実に切ないものがあります……。ところが、今やそういうものとして消費されているはずと思っていたら、一周回って、九一年生まれのふくだももこがブルーハーツを持ち出してきたのには全く虚をつかれました。通じている一方で、やはり大きく隔たっていると意識させられたのは、「ブラウン管の向こう側~」というフレーズを聞きながら、主人公が「ブラウン管???」って思ったと…。そりゃそうだ(笑)。
馬場 
 今は液晶やプラズマや有機ELに4Kに8Kですからね。向こう側って歌いたくなるような奥行きがないかな、薄いから(笑)。
福島 
 そう。そして薄っぺらいテレビのこちら側の「世界の真ん中」にでーんとあるのが巨大ショッピングモール。前回とりあげた石田千「母とユニクロ」のユニクロ以上の存在感です。
馬場 
 冒頭からモールの位置付けが詳細で、主人公の放課後の居場所なんです。といっても地方のモールのフードコートに高校生がたむろしているのは本当によくある風景。ただし、主人公はモールの非常階段で伊尾とセックスをしている。モールは狭い世界の象徴らしく、伊尾の義母のミナミさんが、モールで育ってモールで働いているという設定。この義母は、一日だけ突発的に東京に行ったときに伊尾の父親に出会って、伊尾たちを地方に連れてきてしまい、さらには義理の息子と肉体関係をもっている。ところが、伊尾は恨むどころか狭い世界しか知らないミナミさんが可哀想だとブルーハーツきいたりラノベ読んだりしながら鬱屈しているわけです。
福島 
 デートもバイトも就職も「あの人、全部ここで済ませた言ってた」というぐらい、人生がモール内ですべて完結する(笑)。かつて角田光代の『空中庭園』(二〇〇二年)は郊外都市内で人生が完結していく様を鋭敏に描き取っていましたが、現在はさらに事態が進行して、世界はショッピングモールに集約されてしまいました。ただ、面白いのは、この人工楽園の守り神とも言うべき警備員が、深夜のモールで遊び狂う二人たちを断罪しない点です。守衛室のモニターですべて見ていたはずなのに…。
馬場 
 一〇代の帰りたくないという心境にみょうに同情的な人でしたね。警備員の設定も面白いですが、これは!と思わせるユニークな観察もところどころあって、この主人公、なかなか人を見る眼がある賢い子だなと思わせる。モールに埋もれさせるのはおしい個性です(笑)。
福島 
 ええ、主人公は、モールに入っている服屋の店員の笑顔は眼だけ笑ってない、というクリシェを安々と覆して「ちゃんと眼も笑ってた」と観察しています。また、通っている丸亀製麺の店員の中国人にも人間らしさを探している。ジョージ・A・ロメロは『ゾンビ』(一九七八年)でショッピングモールを生ける屍たちが意味もわからず動き回る場所として戯画的に描き出しましたが、この作品はモールを生きる現代の人々は単なるゾンビではないという第三の道を描こうとしているかもしれません。実際、いかにも「ゾンビ」が集中していそうな丸亀製麺が、この物語の入口と出口を作っています。
馬場 
 無料の天かすを何度もおかわりしていたのはそれが母親の喪失を埋めるための大事な食材だったからなんですね。天かすこそが母親のお好み焼きの秘訣だったと。
福島 
 ただし、タイトルが予告している通り、モールに一晩隠れて過ごしたあと、夜明けとともに二人の関係も終わりを迎えます。この唐突な別れは物語的にも、説話論的にも必然だったのでしょうか。
馬場 
 互いが母親、義母にこだわっているのだとわかりあって、はじめて目を見つめてキスをして、もう身体でつながる必要なくなったからかと。主人公は母親の残していった口紅を持ち歩いていて、伊尾と別れたあとにもぐもぐと食べてしまう…想像するとなんともすごいのですが、これが母親への感情を爆発させる起爆剤として効いている。
福島 
 口紅を自ら口に入れて、文字通り「消化」してしまうことによって、母親への恨みも解消され、同時に物語も、伊尾くんとの関係も解かれていく…。
馬場 
 主人公と伊尾は、ともに親に振り回される子どもたちですね。いまはそれこそが青春?
福島 
 …さて、二〇一七年の文芸時評を三〇年前の高校生のときに聴いていた楽曲をBGMにした作品で終えることになったのも何かの縁です。思えば小説を読み始めたのもその頃でした。好き勝手なことを一年間言わせていただきましたが、予定調和のほめ殺しだけは嬰児虐殺にも等しい。批評家であれ「書評家」であれ、自分かわいさに何でもほめまくっていると、悪貨が良貨を駆逐して、結果的に、業界自体が崩壊してしまう。「本当の声を聞かせておくれよ」。文学は終わったのではなく、まさにこれから生まれようとしているのですから。
馬場 
 一年間、毎月発表される小説たちとリアルタイムに本気で格闘しつづけるというのは本当に大変でしたが、貴重な体験となりました。一方、文学の研究者としては、考古学的に作品を掘り出し、再発見する喜びもありまして…。願わくは、何年何十年何百年と読み継がれる、あるいは埋もれても不死鳥の如く復活する作品が、これからも誕生していきますように。
2017年12月8日 新聞掲載(第3218号)
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