人物の顔の素晴らしさ、艶めかしい眺め  ワン・ビン『苦い銭』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月12日

人物の顔の素晴らしさ、艶めかしい眺め 
ワン・ビン『苦い銭』

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家族に囲まれてソファーに座る少女。彼女が袋から葡萄を取り出して食べる時、その生き生きとした表情や左手の動きが観客を魅了する。少女の名はシャオミン。ワン・ビンのドキュメンタリー『苦い銭』の最初のショットだ。親戚か友人か判然としない年上の娘に連れられて少女はバスに乗り、中国の雲南省から浙江省へ出稼ぎの旅に出る。二人が列車に乗り換えると、いつの間にか年上の娘の従弟が加わっている。長旅に疲れて眠るだけの描写が続くが、観客はずっと観ていたいと望むだろう。初めての出稼ぎなので、少女にとってこの長旅は劇的な出来事だ。だが、ワン・ビンが捉えるのはあくまで日常的な所作の連続で、こうしたさり気ない所作こそがこの上なく映画的に輝くのだ。ともかく、三人が浙江省湖州市の織里に降り立ち、車道を歩くのをカメラが後ろから追う時、観客は映画がこのトリオをこれから丹念に描くと思い込む。

だが、少女が縫製工場で働きながらリンリンの話を聞いていると、ある時、カメラがリンリンにぐっと近づいて、観客の予想は裏切られる。リンリンは夫との喧嘩を語り、夜の通りに出ると、カメラに「ついて来て」と言って自ら映画を牽引しだす。彼女はまず妹に会い、その後また夜道を進む。すると突然、別の通りに佇む彼女の夫が示され、ここから驚異的な長回しが始まる。夫が自分の経営する雑貨屋に入って行くのを、カメラがパンで追う。四人の男が雑貨屋の雀卓を囲んで座り、リンリンが脇に立つ。夫婦喧嘩が始まって夫が妻に手を出すと、客たちが出て行く。窓越しに喧嘩を捉えるカメラ。やがて夫は一旦路上に出て、再び店に入ると、路上にいたラオイエが仲裁に入る。夫はまた外に出るが、戻って妻の首を絞め、仲裁され外に出る。長回しのカメラが距離を取りつつ夫を追い続ける。彼は右手に手袋をはめているが、これはかつて勤めていた工場で指を切断したからだ。

これはまさに劇的な出来事だ。だが、それを映画として劇的な表現にしているのは、あくまで撮影と編集である。喧嘩の際に、他の場面と違って対象との距離を取るカメラの秀逸さだけではない。工場での会話が張る喧嘩の伏線。妻に向かって急に寄るカメラ。妻の長い彷徨の後、突然、画面に示される夫。この夫婦の人としての面白さも勿論忘れ難いが、何よりこうした綿密な仕掛けにより、二人はこの上なく映画的な登場人物に変容するのだ。

しかし、映画はこの夫婦を追い続ける訳でもない。ラオイエがいかがわしい魅力を放ち、へらへらした笑みを浮かべつつマルチ商法への興味を語る。彼と同室のホアン・レイはいつも酒浸りで、大きな鋏をいじりながら延々と女性工員に話しかけて、異様な印象を残す。群像劇であり、あらゆる人物の顔が素晴らしく、映画的としか言いようのない所作をする。

人物に劣らず風景も魅力的だ。特に、オレンジ色の街灯に照らされた夜道を、建物の高みから捉える俯瞰ショットが素晴らしい。中国社会と世界経済の残酷さが凝縮されたようなこの街に、何故こんなにも艶めかしい眺めがあるのだろうか。当然、夜道が映画のラストの舞台となる。リンリンと夫が再び現れ、夜道で梱包の仕事を始める。そこに、必要不可欠だというように雨が降り出す。濡れた路面に街灯の光が反射する。最高の幕切れだ。

今月は他に、『アナベル 死霊人形の誕生』『予兆 散歩する侵略者 劇場版』などが面白かった。また未公開だが、ワン・ビンの『ファンさん』も良かった。
2017年12月8日 新聞掲載(第3218号)
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