文学とアダプテーション ヨーロッパの文化的変容 書評|小川 公代(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月16日

多様なメディアの翻案、あるいは、メディア文化の歴史化? 

文学とアダプテーション ヨーロッパの文化的変容
著 者:小川 公代、村田 真一、村田 真一
出版社:春風社
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『文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容』の前提となっているのは、「まえがき」、「序文」、「あとがき」で繰り返し強調されているように、オリジナル/原作/「文学作品」とコピー/アダプテーション/「翻案作品」との間に境界線を引くことが疑問に付されている現在の研究・議論における了解である。上智大学外国語学部を中心として編まれたこの論集の基本姿勢は、沼野充義「まえがき」によれば、「アダプテーションそのものの自立的な価値を積極的に認め、原作をアダプトして別の作品を作り出すプロセスを解明」し、この最初の読者として想定されている「学生たち」を、「真正なオリジナル――二次的な翻案」の二項対立の枠組みから解放し、「アダプテーションそのものが秘める魅力の地平に向かわせる」ことにある、という。さらに、スーザン・バスネットの翻訳研究やデイヴィッド・ダムロッシュの世界文学論に言及しながら、従来原作の価値を損なうとされた翻訳を原作に新たな価値や意味を付与するものとして再評価する「翻訳論的転回」をふまえたうえで、さらにそれに続く「アダプテーション論的転回」に向けての第一歩を印しづけることが試みられている。

本論集は、「ヨーロッパ」の諸地域で生産された「文学」テクストから「映画、ミュージカル、漫画、オペラ」という比較的新しいメディアへの翻案についての議論が、3部構成として提示されている。「文学から映画へ」と題された第I部は、フランス・イギリス・ドイツ各国の文学が、映画というメディアによってどのような変容を遂げたか、それぞれの地理的・歴史的事象やナショナリティやローカリティに関わる問題とともに、論じられている。「戯曲・ミュージカル・漫画・オペラ」という第Ⅱ部は、別の地理的空間――ロシア、フランス、イタリア――に移動し、「文学」(演劇を含む)から多様なメディアへの翻案を扱っている。「再創造の挑戦」と名指された最後の第Ⅲ部においては、原作と翻案者との間に存在するメディアや時空間にかかわる「距離」や「他者を解釈する困難さ」によって生み出される「独創的な翻案」を取り上げている。たとえば、ジョン・ウィリアムズ著、小澤央訳という英語から日本語への変換・翻訳である最終章が扱っているのは、原作に忠実だった蜷川幸雄の翻案とは異なり、活字メディアとしてのシェイクスピア『テンペスト』という「戯曲」を、映画に複合的なやり方で作品化した翻案だ。

ところで、各章の議論に対してコメントしたいのはやまやまであるが紙幅もかぎられているので、それはかなわない。代わりに次のことを指摘しておきたい。アダプテーションをめぐる二項対立を考察する際、もともと読まれることが目的とはされない、ヨーロッパの宮廷や劇場の舞台における上演・再演が、初期近代において新たに発明された出版・印刷業を通じて、活字メディアに翻訳・翻案されていたことを思い出してもよいかもしれない、ということだ。すなわち、活字メディアから多様なメディアへの翻案というよりは、始まりのモダニティに彩られた特異な多様性に満ちた上演から、活字印刷による演劇テクストへの移動。このような歴史的移行の過程を問題化しようとしたのが、実は、「近代読者論」や「異本と古典」を提示した外山滋比古やエリザベス朝演劇のト書きを研究した岡本靖正だった、とみなすこともできる。J・W・トンプソン『出版産業の起源と発達――フランクフルト・ブックフェアの歴史』は、ヨーロッパにおける出版文化の中心が、フランクフルトのブックフェアからライプチヒのそれへと移行したことを指摘しているのだが、こうした出版文化の拠点の変容・再編は、どのような歴史的過程あるいはどのようなモダニティの条件と関係があったのか。ローマ・カトリック教会とラテン語というヨーロッパの共通基盤に繁栄したフランクフルトのブックフェア=出版市場の衰退は、プロテスタントの勃興とその新たな活字メディアの抬頭という歴史的移行、すなわち、近代資本主義の進展における国民国家の成立と出版言語の国語化と関係していたことは、すでに、論じられてきた――ひょっとしたら、同種の歴史的契機は、「ルターが聖書を翻訳したとき、何かが生起しました」、そのとき起った何かとは、戦争の勃発とか歴史の進路の変更といった「副産物」などではなく、「翻訳」なるものだ、とポール・ド・マンが『理論への抵抗』に収められたベンヤミン論の章で述べたときに、示唆されていたのかもしれない。

こうした出版・印刷の歴史を経て、「紙媒体」を通じて流通・消費される「文学」から「映画へ、ミュージカルへ、漫画へ、オペラへ」と移動・変換される現在の状況があるのだが、現代においても、TVドラマや映画のノヴェライゼーションのような、異なるベクトルの移動があることも見逃せない。本論集は、いつのまにか気づかぬうちに、否定することを目的としつつ、活字テクストをオリジナルとして特権化してしまっているのかもしれない。まさか、活字メディア誕生以前の前近代から近代への移行を、歴史的「発展」として、比較的ナイーヴに肯定してきた直線的な歴史観に依拠してしまっている、ということはないであろうが。そのような直線的な発展あるいは一方向的な影響関係という視点ではなく、モダニティに規定された歴史的過程をたどり直すことを目的に、たとえば、双方向的な対話の可能性を探ってみたりすることは、少なからず意味あることのはずだ。というのも、文学のアダプテーションをめぐる二項対立の批判的吟味を通じてなされる、そのようなメディア文化の歴史化の作業は、近代と前近代との関係を見直すことにつながるのみならず、ポスト近代以降の現在の歴史性を捉え直す契機になる可能性を孕んでいるからである。同様のことは、国語化からグローバル化へ変容してきている英語と翻訳をめぐる問題を含む、世界文学をめぐる現在の議論についても、いえるかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
文学とアダプテーション ヨーロッパの文化的変容/春風社
文学とアダプテーション ヨーロッパの文化的変容
著 者:小川 公代、村田 真一、村田 真一
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月15日 新聞掲載(第3219号)
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