明治・大正期の科学思想史 / 金森 修(勁草書房)科学史の枠組を越えて  多彩な学問領域が提供する多様な視点|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月16日

科学史の枠組を越えて 
多彩な学問領域が提供する多様な視点

明治・大正期の科学思想史
著 者:金森 修
出版社:勁草書房
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本書は2016年の5月に逝去した金森修編集の最後の書物である。個人が人生の最後に遺した書物は、それぞれ特有の難しさを持つが、この書物も例外ではない。まず金森は「編者」であるが、本書を実際に編集した人物ではない。実際の編者は、金森の遺志で任命された精神医学史の研究者である橋本明であり、橋本が「序章」と「あとがき」を書いているが、「序章」のほうで、金森と会って話したことは一度もないと記している。もう一人の編者は、金森の弟子で第5章の著者である奥村大介であろう。橋本による「あとがき」では、本書の成り立ちと執筆者の人選に深くかかわっているのは奥村であると明かされている。しかし、その奥村が書いた本書の巻末の「附記」では、金森が本書の形成に果たした大きな役割が語られている。つまり、金森と橋本と奥村の三人が現れては消え、消えては現れる不思議な仕組みを持っている。

書評者としては、この書物を誰の書物と考えればいいのだろうか。奥村が「附記」で述べていることに従えば、本書を、金森編著で勁草書房から刊行された3冊の著作『科学思想史』(2010)、『昭和前期の科学思想史』(2011)、『昭和後期の科学思想史』(2016)と一続きになると考えることもできる。ことに、金森が病と闘いながら生涯の晩年に渾身の力を込めて編じた書物であるとして、金森への深い敬意を込めた文章をつづってこの偉大な学者に別れを告げることができる。しかし、それとは別の考え方も可能であろう。序章やあとがき、執筆者の人選、そして実際の章の執筆においても、金森はこの書物に深くはかかわっていない。実際、本書の成立が、いかに金森以外の学者たちに多くを負っているかを考えてみると、金森よりも、橋本や奥村やその他の執筆者たちが重要であるということすら可能である。そのような書物の書評は、金森その人を語るのにふさわしい場ではない。編者として金森の名を冠した書物は、金森の後に来る科学史研究の幕開けとなっており、そこでは金森の後に続く新しい科学史が展開されていると考えることもできる。 この書評は、そのような立場でこの書物をとらえて書かれている。

日本の科学史は、日本の高等教育が持つ制度的な生硬さとやりくりしながら、確実に広まっているが、この広まり方に幾つかの特徴があることに注意したい。まずは、科学史以外の学問と深いかかわりを持つようになったことである。かつては、東大と東工大だけが科学史を教えて研究を指導する拠点であった。その後、京大、神戸大、広島大などに新しい科学史の拠点が築かれている。それだけでなく、自然科学や、哲学、歴史学、社会学といった人文系の学問、法学や経済学といった社会科学においても、科学史ではない名前を冠した科目の教員として科学史の研究者たちが進出している。金森自身も、東大の科学史で教えていたわけではなく、東大の教育学の教員であった。科学史はかつて自然科学系の領域に存在した学問であり、その次に科学史を重点的に教える東大や東工大のような学科が登場した。そのような科学史の学科が他の大学に作られるという形だけではなく、他の自然科学や人文社会系の学問の中に科学史の教員が採用されていくという形で広まっていった。

それとおそらく並行して、科学史という独立した学問領域の重要性が相対的に低下して、科学史は他の領域の学問の中に存在するようになった。金森編著の『昭和前期の科学思想史』『昭和後期の科学思想史』の執筆者においては、東大、東工大、京大の科学史の大学院で教育され、科学史の研究者と自ら考える学者たちが圧倒的に優勢であった。しかし、本書においては、その構図は完全に崩れている。東大などの科学史の学科で教育されたのではない研究者、そして科学史ではない領域の研究者であると自らを考える学者が多数を占めている。その領域は、精神医療史、日本文学、歴史地理学、文化史などである。『明治・大正期の科学思想史』を執筆している学者たちは、私たちが思い描くような独立した学問としての日本の科学史の研究者ではない。彼ら・彼女らは、より多様な教育と学問領域の経緯をたどり、科学史ではない領域の研究者から成り立っている。これを新たな学際性の獲得と呼ぶこともできるし、科学史や科学思想史の名を借りた無秩序な拡散や散乱と呼ぶこともできるだろう。そして、本書はこの二つの側面をいずれも鮮明な形で持っている。

まずは、新たな学際性の獲得から書こう。科学史を越えた多彩な学問領域が提供する視点の多様性の魅力については、本書は図抜けている。文学研究との連関が生み出した概念的な洗練は、目を見張るような出来栄えである。第一章の金子亜由美の論文が提供する福沢諭吉のテキストの分析は、実学と啓蒙、戯作と文学が作り出す知識と領域の形象を問うている。第五章の奥村大介の論文は、独特の文学的な魅力を持つ筆致で書かれ、三宅雪嶺の『宇宙』(1909)という大著を、奥村ならではの博覧強記を発揮して注解している。第七章の中尾麻伊香の論文は、関東大震災の教訓という主題を取り上げ、科学と宗教と終末と啓蒙と結びつけて人間がその愚かさを罰せられた「天譴」という概念をあぶりだした。地理的空間という日本の科学史研究者があまり慣れていなかった問題を扱った第四章の米家泰作の論文は、朝鮮のどのような「心象地理」の対象になったのかを分析している。第六章の橋本明の論文は、あたかも動物学者や植物学者が外来種の移入と平衡の成立を描くような手法で、日本へのドイツの精神病学の導入を論じている。第二章の夏目賢一は山川健次郎を物理学者としてよりも、東大、九大、京大の三つの帝国大学の総長などになった学術行政の徒として描き、第三章の藤原辰史は、東京農業大学の学長であった横井時敬の生涯と思想を取り上げ、農業の原理、それも農業経営の原理を浮き彫りにしようとした。第八章の一柳廣孝の論考は、医師や心理学者だけでなく、千里眼などの超常能力を発揮する女性たちとその動向に深くかかわった心理学者たちという患者と医師・治療者の関係を主題としている。

一方で、このような魅力的な論文を集めた本書が、全体のメッセージを持っているかというと、それはどこでも提示されていない。明治・大正期という日本の科学思想の歴史を考えるうえで極めて重要な時代の特徴にかんしてもまとまった洞察はない。また、かなりの部分が科学者個人の研究になっており、福沢諭吉、山川健次郎、横井時敬、三宅雪嶺についてのモノグラフが集まっているという側面すら持っている。これは、科学思想史についての金森の概念の中核にあったものなのか、それとも奥村の好みなのかはわからない。いずれにせよ、個人を枠組みとしたスタイルは、科学史や歴史学の中でエキサイティングな方向ではないし、概念や機器や素材が重要でありグループワークに慣れている現代の科学者にとっても、共感を得る枠組みではない。

すなわち、『明治・大正期の科学思想史』は、ポスト金森の新しい科学史の魅力と危険の双方を見せてくれた。科学史が、独立と同時に閉鎖した学問ではなく、他の人文社会科学の領域に食い込むようになった新しい構図は、科学史が多様な視点を得て学際的な発展をする方向付けをしており、本書はそのような新しい科学史の魅力を見せている。一方で、この動きは、科学史の中の主題の欠如、時代性の欠如、断片化などのマイナスな方向に向かわせるものでもある。新しい制度的な構図を得た科学史は、その強さを発展させ、弱さを乗り越えることを意識する必要があり、そのような成果を世に問う必要がある。このことが、科学史のきらめくような多様化に最も大きく貢献した学者である金森に、私たちが返すことができる感謝のしるしになるだろう。
この記事の中でご紹介した本
明治・大正期の科学思想史/勁草書房
明治・大正期の科学思想史
著 者:金森 修
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月15日 新聞掲載(第3219号)
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