宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談 民主主義は不可能な理想か コモンセンス(共通感覚)が壊れてしまった世界で|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月22日

宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談
民主主義は不可能な理想か
コモンセンス(共通感覚)が壊れてしまった世界で

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年末恒例の「回顧特集号」をお送りします。学術・思想・政治・文学・歴史・芸術・ノンフィクションなど、ジャンルごとに一年を振り返ります。1・2・3面では、宮台真司・苅部直・渡辺靖の三氏に鼎談をお願いしました。(編集部)
第1回
ミクロな感情教育

苅部 
 宮台さんが十二月十九日発売予定の『ウンコのおじさん』(ジャパンマニスト社)が、ネットなどで話題になっていますね。
宮台 
 初の父親向け「子育て本」です。伊丹十三が一九八一年に「モノンクル(僕のおじさん)」という雑誌を出し、親でも友達でもない斜めの関係が大事だと言いました。当時はまだ存在した近所の「変なおじさん」も今は皆無。どうすれば誰もが「変なおじさん」になれるか。

八〇年代に小川の暗渠化・鉄柵化、屋上や放課後校庭のロックアウト、打上花火の水平撃ち禁止などが徹底化します。「目が潰れたら責任を取れるのか」と共通感覚を欠いた「安全安心厨」の新住民が「声がデカイ少数者」として法化を推進したからです。親の大半は「何か変」と思いつつ黙っていた。そんな法化社会に囲まれて生まれ育った子がいま親になりました。

そのような親に囲い込まれたらどうなるか。書店向けの手書きポップに僕はこう書きました。「便利と快適じゃなく幸福と尊厳。損得の勘定じゃなく内から湧く力。うまく生きるじゃなく立派に生きる。そのために必要なのは親じゃなくウンコのおじさん」、「安全と安心じゃなく渾沌と眩暈。利益の追求じゃなく正しさの追求。合理の貧しさじゃなく不条理の豊かさ。そのために必要なのは親じゃなくウンコのおじさん」

目的は法化への抗いです。人類学的には法は破るためにあります。祝祭や性愛を含めて法外のシンクロで仲間や絆を確かめる。元々は仲間あっての法です。ところが八〇年代に法化が進み、九〇年代後半には少しでも法外に出た者を見つけて集団炎上するようになる。共同体の空洞化で仲間が消えた不安を法外バッシングで埋め、インチキ共同体を作ります。典型がヘイトスピーチ。排外主義イデオロギーというのは持ち上げ過ぎ。ヘタレの集団神経症的な埋め合わせです。ならば仲間を取り戻せ、そのために法外を取り戻せ、と。

親業講座を二年続けています。スローガンは「親より感情の劣化が少ない子を育てなければ社会は終る」。手応えを感じて講座の一回分をブックレットにしたのが本書。親業講座の前、東日本大震災後から恋愛講座を始めて二年でやめました。スローガンは「損得勘定より愛と正しさ」「愛と正しさのために法を破れ」。損得に汲々とする安全安心厨だらけになったことがこの二十年の性的退却を招いたと思ったから始めたのですが、昨今の若い人たちには課題が重すぎました。実際若い世代ほど安倍内閣支持率が高く、東大生も歴代内閣で現安倍内閣の支持率が最高なのですね。
苅部 
 今年の衆院選のときの東大新聞の調査によれば、回答者の東大生のうち51%が比例代表で自民党を選んでいます。
宮台 
 僕の勤める大学も同じ。若い人ほど正しさじゃなく損得に反応するのです。就職という差し迫った問題があるから選挙でも損得ベースになるのだという説明があるけど、そんな問題は昔からのものだし、最近は「好景気」だから(笑)誤りです。学生を〔(1)両親とも安倍支持、(2)両親とも反対、(3)支持と反対に分岐〕に分けると、(1)と(2)では学生の雰囲気が全く違う。どう違うかを直截に言うのは憚られるので(笑)、別角度から話します。

日本青少年研究所の高校生調査(二〇一三年から国立青少年教育振興機構が継承)によれば、まず親子関係ですが、「親を尊敬しているか」でイエスと答えるのは38%だけど、アメリカだと71%、中国だと60%(二〇一四年)。「親に反抗してはいけないか」でイエスと答えるのはたった15%だけど、米国だと84%、中国だと82%(同二〇〇八年)。次に自尊心ですが、「自分は価値のある人間か」と尋ねるとイエスはたった8%だけど、アメリカだと57%、中国だと42%。「自分を肯定的に評価できるか」と尋ねるとイエスはたった6%だけど、アメリカだと41%、中国だと38%です(二〇一一年)。日本の親は尊敬されず、子は自尊心が乏しい。日本の親が「成績が良くても悪くても正しさと愛があれば生きていける」と教えず、「命懸けで頑張らないと負け組だぞ」だからですね(笑)。勝ち組予備軍が上位5%だとすれば、95%が負け組予備軍で尊厳を保てないし、否定的自己像を刻印する親はウザイ。とすれば先のデータも自然ですね。

「正しさと愛があれば生きていける」と教えられないのは、親が「愛よりも金」で結びつくからでしょう。男の生涯未婚率は非正規雇用者が正規雇用者の三倍ですが、女は逆に正規雇用者が非正規雇用者の三倍。女は金があれば結婚せず、年収一二五〇万超なら六割以上が未婚。金に余裕のない女が余裕のある男と結婚するから、金がない男は結婚できません。

進化生物学的には正しさの感覚は仲間のための自己犠牲に由来します。大きな仲間のための小さな仲間の犠牲もそう。要は正しさは仲間への愛に由来するのですね。「愛より金」の親に囲い込まれた子が「損得より正しさ」になるのは自然です。データをもう一つ。ある女子高でリサーチしました。「損得に敏感な男」と「正しさに敏感な男」とどちらを彼氏にしたいか訊ねたら100%が「正しさに敏感な男」と答えました。

安倍政権支持は男が、立憲民主党の得票は女が多かったけれど、女の性的退却は損得男の増殖が理由の一つでしょう。損得男は家族や恋人を捨てて逃げるからです。進化生物学的には男より資格取得に時間を使う方がいい(笑)。ただ女も「愛よりカネ」「正しさより損得」になりつつあります。損得を超えた内から湧く力が働くか否かが「仲間」の定義ですが、若い人ほど仲間がいない。「いいね」やフォロワー数に執着するのは埋め合わせです。正しさにこだわるのがKYなのはSEALsへの大学生一般の反応に明らかだし、僕の周りを見るとSEALsに肯定的に反応するのは中流上層以上の文化資本に恵まれた層です。

損得男が増殖し、引き摺られて損得女も増殖しつつあるなら、社会はよくならず、学知も尊重されない。ならば子育てから始めるしかない。そこで、僕が子どもたちと一緒に学校まで歩く。子どもは嫌がるけど偶然同じ道を散歩しているだけだと言う。それで電柱や路面に蝋石でウンコを描く。「ウンコのおじさん」としてあっという間に有名になり、授業参観日に学校に行けば休み時間にはクラス中の生徒たちが「ウンコのおじさんだ!」と叫びながら飛びかかってきます(笑)。
苅部 
 子どもたちは、損得とは関係ない原理で動いている。
宮台 
 今夏は蝉の羽化を見せました。夜八時以降に蝉が鳴く雑木林に行くと幼虫が土から出てきています。子どもたちに捕まえさせ、家に持ち帰ってカーテンに掴まらせると、二時間で羽化が始まり、四時間で薄緑色の成虫になり、六時間で普通色になる。みんな大感激です。昆虫少年だった僕の腕の見せ所。殻から出てくると一度エビゾリになって重力で自らのカラダを引き出すけど、決して下に落ちない。「なぜかな?」と観察させると、命綱のような糸が付いている。糸は粘液なので程なくボロボロになってちぎれ、殻から離れられる。うまくできてる。「どうしてこんなにうまくできてるのかな?」と訊ねると、訳知り顔の子が「進化だ」と答える。「こんなすごい進化があるような宇宙があるのはどうしてかな?」と訊ねると「神様がいるのかな」と頷く。そこでのキーワードは「畏怖する力」。「畏れかつ敬う」つまり「名状しがたいもの」「得体のしれないもの」に感覚を開くこと。それを教えたい。言葉で説明しても伝わらない。ならば体験させる。今の若い親は体験を与える力がありません。

九〇年代前半、ゆとり教育を推進する文部官僚寺脇研氏をサポートしました。元は第二次中曽根内閣の臨教審が唱った「生きる力」を目的とする体験学習でしたが、米国からの非関税障壁の撤廃要求で時短が求められ、九二年から学校週休二日が拡大して体験学習の理念が時短に化けました。体験学習を回せる教員が少なすぎたのも大きかった。教員が「安定を望む大学生」の志望先に変わっていた。七〇年代までは職業を転々として教員になる人がいたけど、九〇年代は二世教員だらけでした。この失敗が頭にずっとありました。教師も親も「体験デザイナー」としてはダメ。どうしたらいいか。僕が「体験デザイナー」になる。僕に任せてもらえば子どもにいろんな体験をさせられる。その方法を伝授するのが本書です。

政治をよくしたい思いは変わりませんが、今の僕は制度改革の問題として考えません。リベラルな制度改革で社会が変わったように思えるのは、社会が豊かで座席が余っているからで、人々の感情が劣化していれば、グローバル化で中間層が分解して座席が足りなくなった途端、「なんでテメエが座ってるんだ」と叩き出し合う。リチャード・ローティが二十年以上前に予言したバックラッシュ現象です。寛容さを呼び掛けてもどうにもならず、分厚い中間層の復活も不可能です。ならば、中間層の復活抜きに感情の劣化を克服する方法を探す他ない。ローティが言う感情教育です。マクロには難しくても、仲間や家族を幸せにしようと思う人のために、ミクロな感情教育の実践を展開するよう呼び掛けるしかない。
渡辺 
 この年末回顧の鼎談で近年、宮台さんは繰り返し、今の社会における感情教育の重要性を説かれてきましたよね。その具体的な実例を、今回本にまとめられたということですね。確かに、ここ数年、否定的な意味でのナショナリズム、あるいは反知性主義、ポピュリズムの表出が顕著になり、まさに人々の感情の劣化を憂慮させます。今年一年に限定して考えてみても、フェイクニュースをなぜ信じる人がいるのか。また、間もなく『否定と肯定』という映画が公開されますが、「ホロコーストはなかった」と、どうして信じる人がいるのか。そうした陰謀論の根底にあるのは、やはり現状に対する不満で、自分は被害者・犠牲者であり、そうせしめているのは、世の中に蔓延るインチキな規範や制度である。そんな感情が、世界中各所で噴出している。その中で宮台さんは、小さなプロジェクトをひとつひとつ蓄積する形で打開策を模索している。そのような下からのアプローチは、確かに必要だと、私も思います。

ただもう一方で、よりマクロな面から見ると、別の切り口があるようにも思うんですね。最近一ヶ月ほど北京に滞在しながら考えていたことですが、民主主義に対して、それを見下すというか、懐疑心が強まっている。これまで国際社会では民主主義があるべき規範であり制度であると語られていたけれど、現状はどうか。結局は企業と同じように、目先の利益しか顧みない。政治家は次の選挙に最大の関心があり、社会をどう立て直すか、長期的なスパンで議論することができない。それに比べると、中国共産党は、人権などの面で多少乱暴な面はあるけれど、よりダイナミックなビジョン、いわば社会全体としての「物語」を描くことができる。「チャイニーズ・ドリーム」「中国の特色ある社会主義」「一帯一路」といったスローガンが典型的です。つまり、民主主義よりも中国共産党の方が優れているのではないか。そんな自信を中国のエリートから感じました。

最初に宮台さんが、今の民主社会に漂っている閉塞感を指摘し、下からのアプローチで対処する必要性を述べられました。私からは、中国での経験などを踏まえて、これまで当たり前の、所与のものとして考えてきた民主主義に関して、その正統性を、果たして自分たちが確信しているのか、そうではない国に主張できるのか疑わしくなっているという点を、この一年の所感としてはじめに提起しておきたいと思います。

世界全体の中では実利を重んじる傾向が強くなり、たとえ強権的であったとしても、社会を強くリードしていってくれる人に期待感が寄せられる。余裕のない途上国から見れば、アメリカモデルより中国モデルの方がフィットしているとも考えられます。加えて、アメリカよりも中国の方が政治状況に口出しせず積極的に資金援助してくれる。結果的に、政体としては中国モデルの方がいいという声が高まっていく。実利主義に絡め取られそうな世界の中で、こうした諸々の現状を突きつけられると、自分たちが誇ってきた民主主義とは一体何だったのか、根源的に揺さぶられる。それでも民主主義の正統性や魅力を訴えることができるのか。

この一年を振り返ると、国内では、たとえば「森友・加計問題」が連日大きく報道されていました。もちろん、重要な問題ではあるのですが、国際社会で起きつつある大きなうねりを鑑みると、ある意味、トリビアルな話だとも言える。それよりも、今世界で問われているのは、民主主義の再興というより大きな課題ではないのか。そう考えると、日本国内の関心は、北朝鮮情勢を除き、随分と小さな話に終始していたのではないか。これが私の印象です。
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この記事の中でご紹介した本
子育て指南書 ウンコのおじさん/ジャパンマシニスト社
子育て指南書 ウンコのおじさん
著 者:宮台 真司
出版社:ジャパンマシニスト社
以下のオンライン書店でご購入できます
ポピュリズムとは何か/岩波書店
ポピュリズムとは何か
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
憲法パトリオティズム/法政大学出版局
憲法パトリオティズム
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
生前退位‐天皇制廃止‐共和制日本へ/第三書館
生前退位‐天皇制廃止‐共和制日本へ
著 者:堀内 哲
出版社:第三書館
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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