2017年回顧 英文学 「日本の英文学」はどこでボタンをかけ違えたのか|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月24日

2017年回顧 英文学
「日本の英文学」はどこでボタンをかけ違えたのか

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外山滋比古『日本の英語、英文学』の出版元、すなわち、研究社について、はじめにまず、ひとこと言及してから、今年のイギリス文学の回顧をしてみたい。二〇一七年は、ロシア革命から百年ということで、英国、ロンドンにあるブリティッシュ・ライブラリーでも一連の企画・展示がなされたが、ロシア革命の十年前に英語関連の出版事業をはじめた研究社のほうは、今年で創立百十周年を迎えるという。だとすると、この出版社の始まりは、明治時代の一九〇二年に結ばれた日英同盟とその地政学的編制とはひそかに齟齬をきたす可能性を孕んだ英露協商が成立した一九〇七年という歴史的契機を、共有していることになる。また、研究社から出ていた『英語青年』は、その前は喜安璡太郎が経営する出版社のものであったが、昭和に入って、その編集は福原麟太郎に委ねることで、英語雑誌から英語・英文学雑誌になっていくのだが、研究社の創業者小酒井五一郎がこれを喜安から移譲されて引き継いだのは、第二次大戦中の十九四四年であった。
教室の英文学 ()研究社
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このように「日本の英語、英文学」とともに歴史を歩んできた研究社は、今年の一一月発行の外山の本だけでなく、『教室の英文学』日本英文学会(関東支部)編も、五月に出している。「英語と文学をちゃんと教えます!」というキャッチ・フレーズを掲げて、日本英文学会関東支部のメンバーを中心に、「英文学研究の第一線で活躍する研究者たちが、実践的な英語教育・英文学教育論を展開」したという後者については、すでに多種多様なメディア空間でそしてまたかならずしも英語・英文学のアカデミックなものにかぎらずさまざまなスタイルで論じられているので――あるいは、なにをいまさらと、一顧だにしない無関心も含めて――、ここでは、日本英文学会の創立五〇年を記念する小史編集だけでなく福原のあとに研究社『英語青年』の編集にもかかわった外山の議論を紹介しようと思う。もっとも、『日本の英語、英文学』も、すでに、本紙二〇一七年一一月一〇日号で、おもに「日本の英語」について大津由紀雄氏による書評があるので、本稿は、「日本の英文学」が「どこでボタンをかけ違えたのか」についての論点を吟味することにする。

「あとがき」にかえた「新生へ向けての回想」において述べられている、「受験生が集まらないというのが理由」で「英文科を廃止する大学が続出したこと」そしてそれに対する「責任ある批判」が「これまで」「きかれない」ことが、この「筆者渾身の書き下ろし」を産み出した外山の出発点にある。英文科廃止の続出自体は一九九〇年代のことかと思われるが、それより三〇年前つまり一九五一年から六三年まで責任編集者をつとめた『英語青年』をやめて数年後の一九六〇年代半ば過ぎのころにすでに、「英文学、英文科消滅」の徴候は、出現していたらしい。「地方の優秀な男子高校生で、文学部志望を捨てて、法学部や経済学部を志望するものがあらわれていたのである」。五〇年代はじめには、「学校文法と科学文法」という企画で『英語青年』のそれまでの売り上げ不振を挽回した外山であったのだが。さていよいよ、「日本の英文学」についてだが、近代西洋の不十分な模倣だけしかやってこなかった創造性のなさが繰り返し指摘され、「ひと口に言えば、学問的教養が欠けていたから」あるいは「イギリスの研究や考え方を範とする考えから自由」になって「日本英文学」というものを出来させなかったところに、「ボタンのかけ違い」が認知されているように思われる。逆にここから、二一世紀の現在における新しい文化創造のヴィジョンの必要性、英語、英文学の強敵たる「人工知能」に積極的に対応できる、とりわけ、高い言語的「自然知能」を身につけた「ことばの天才」の育成という論点が出てもくる。

「日本の英文学」はどこでボタンをかけ違えたのか、あらためて考えてみよう。米ソ冷戦体制がほぼ安定化・固定化する一九五五年、「英文学」あるいはイギリスの文学・文化が明治末期・大正以来の不遇の時代を経て「ブーム」としてリターンしてきた、そして、そのブームを具現するような啓蒙的な仕事をしたのが福原麟太郎と中野好夫である、といわれる――占領期およびポスト占領期の一九四六年から一九五三年まで最初の日本英文学会会長にもなったのは福原麟太郎であった――。福原・中野の名前によって範例的に代理表象される「英文学」とその啓蒙的な翻訳・紹介の仕事が歴史的に意味をもったコンテクストとは、平等や公正さを掲げる政治的な民主主義か、経済的成長・「高度成長」かという二律背反によって特徴づけられるもの、言い換えれば、米国の冷戦リベラリズムによって生み出された外交政策・世界戦略とも連動した近代化をめぐるアンチノミーではなかったのか。「戦後、アメリカ式の新制大学が急増、大混乱になった」「そのどさくさにまぎれて」出現した「外国語の教師」の「激増」について言及する外山が、「高度成長期」の大学の工学部がおこなった学生定員の増員に応じた語学教師の増員について、とりわけ、「英語教師」の不足と新制大学の大学院卒業生の「青田買い」について言及するときに、ひそかに、提示していた論点とは、冷戦期のモダナイゼーションをめぐる二律背反にほかならなかったのではないか。

この記事の中でご紹介した本
日本の英語、英文学/研究社
日本の英語、英文学
著 者:外山 滋比古
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
教室の英文学 /研究社
教室の英文学 
編 集:日本英文学会(関東支部)
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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