2017年回顧 ノンフィクション 編集者の関心低下こそ衰退招く  「大宅壮一ノンフィクション賞」リニューアルへの疑義|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月25日

2017年回顧 ノンフィクション
編集者の関心低下こそ衰退招く 
「大宅壮一ノンフィクション賞」リニューアルへの疑義

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今年の話題は、1970年に出版界初のノンフィクション賞として創設された「大宅壮一ノンフィクション賞」のリニューアルである。48年目にして「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」と名称を改めた。委嘱した有識者委員会が候補作を選び投票もし、ネットを通じての読者投票との集計結果を、選考顧問のノンフィクション作家後藤正治立ち合いのもとに受賞作を決定する。過去の受賞作家も対象にもっとも優れた作品を顕彰する賞に生まれ変わった。昨今、ノンフィクション(以後NFと表記)系雑誌の休刊や発行点数、発行部数の減少などNF不振がいわれるが、その結果、一定水準に達する候補作が揃わないようで、もっと「一般の人が作品に親しむきっかけ」にと読者投票を導入したのだという。

これまでの候補作選考は、編集者が対象期間に刊行された多くのNF作品に目を通し、何回も議論を重ねて絞り込んできた。そのプロセスを省いて匿名の有識者委員会が候補作を選び読者によるネット投票というのでは、編集者は一体どこで関わるのか。NFに対する編集者の著しい関心低下こそが衰退を招いている。賞選びの改変より書き手と作品とに対してもっと関心を払うことが先ではないのか。今望まれているのは新しい才能の参入なのだ。

NFへの関心が高まったのは70年代からだが、当初からNFとは何かという定義にはかなりブレがあったのは事実だ。それは過去の受賞作を一覧すればよく分かるが、それでも出版社も編集者もNFと新しい書き手を育てていこうという熱意に溢れていた。大宅賞に続いて多くの大手出版社からもNF賞が設けられた。本年度の各賞受賞作を見てみよう。

当の大宅壮一メモリアル日本NF大賞の第1回受賞作は、森健『小倉昌男 祈りと経営―ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』(16年小学館)。宅急便生みの親として伝説の経営者が、引退後に障碍者福祉へ一身を捧げたのは何故か、その背後に潜む家庭内の修羅が明らかにされていく取材過程こそNFの魅力である。これは16年度小学館NF大賞受賞作であり、森は2度目の大宅賞受賞。
改憲運動の背後にある組織の実態を探った菅野完『日本会議の研究』(16年扶桑社)には読者賞が贈られた。
第16回新潮ドキュメント賞は、ブレイディみかこ『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(17年みすず書房)。英国の底辺託児所での体験をもとに、最底辺に生きる子どもとその親から見た分断社会の現実を冷徹な観察眼とユーモアを交えた文章でレポートする。貧困、移民問題は明日の日本と無関係ではない。第39回講談社NF賞は2作受賞で、まず梯久美子『狂うひと』は、監督の人物像に細部まで肉迫し、世間の話題を集めた甲子園連覇の陰にあった体罰、飲酒、喫煙事件などのタブーにも触れて、決してきれいごとでは語れない高校野球の実態を浮き彫りにして迫力ある出来だ。

一方、未発表原稿公募のNF賞では、集英社の第15回開高健NF賞に畠山理仁『黙殺―報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(17年集英社)が受賞。マスコミ、大衆から無視されながら独自の選挙戦に挑む泡沫候補と言われる人たちを愛情込めて描き好感が持てる。潮出版社の第4回潮アジア・太平洋NF賞は、岩下明日香『カンボジア孤児院ビジネス問題』(17年潮出版社)。身寄りのない子、貧困家庭の子を観光客の見世物に支援金を集める孤児院ツーリズムという経済活動の実態を暴く。第23回小学館NF大賞は柳川悠二『永遠のPL学園 六〇年目のゲームセット』(17年小学館)。唐突な廃部で驚かされた強豪校には教義を否定するような理不尽な上下関係や暴力も存在した。教団側が広告塔の役割をどう位置づけていたのか、その見解だけはぜひ糺してほしかった。

受賞作以外の作品はどうか。東日本大震災で家族を亡くした人たちの霊体験を集めた、奥野修司『魂でもいいから、そばにいて―3・11後の霊体験を聞く』(新潮社)は、検証できない心の問題を不合理とせず、丁寧な取材を重ね「事実」として記録する異色作。これに対し上原善広『路地の子』(新潮社)は、被差別部落に生まれ食肉業界で一代を築いた父親を題材に身を切るような自分史だ。解同、共産党、ヤクザなど同和利権をめぐる闘争は現代史の一面として興味深い。
戦後史を語るのに欠かせないのは、澤宮優『集団就職―高度経済成長を支えた金の卵たち』(弦書房)であろう。昭和30年代から40年代にかけ地方の中卒の少年少女が集団就職列車で大都市に就職していった。これは九州、沖縄から京阪神、中京への集団就職者を対象にその軌跡を辿る。高度成長を底辺で支えた彼らの人生に「働くことの意味を再確認」しようと試みている。小松成美『虹色のチョーク―働く幸せを実現した町工場の奇跡』(幻冬舎)は、知的障碍者が社員の7割を占める会社がどのように雇用と経営とを両立させたのかを追う。社会に出て働く喜び、働いて人の役に立つことの幸せ、改めて働くとは何かを考えさせる。女子プロレスはスポーツだ、偏見に抗して闘い続けた女性にスポットを当てた秋山訓子『女子プロレスラー小畑千代―闘う女の戦後史』(岩波書店)は仕事に賭ける意地が胸に響く。

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最後に取材力が際立つ2作。大鹿靖明『東芝の悲劇』(幻冬舎)は、崩壊の要因が歴代社長による人災だと読者に納得させる取材の厚みは調査報道の成果。社会的責任を忘却したエリートの権力欲は恐ろしい。清武英利『石つぶて―警視庁二課刑事の残したもの』(講談社)は、外務省の機密費使い込み事件を追及した刑事たちの働きを綿密な取材で再現するが、構成力が巧みで小説を読むように楽しめる。

編集者に問題意識と感度さえあれば、読者の求めているテーマはどこにでも埋まっている。もっと自負心を持ってほしい。
この記事の中でご紹介した本
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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