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2017年12月28日

2017年回顧 哲学
碩学の遺著が失われた可能性の豊かさを示す

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哲学史の常識が見直され、哲学研究の新たな前線が示される一方、碩学の遺著が失われた可能性の豊かさを示した。

カントは、神を信仰の問題とする一方、哲学的論証によって自然科学を基礎づけて、合理論と経験論を調停したとされる。『判断力批判』を丁寧に読む熊野純彦『カント 美と倫理のはざまで』(講談社)によれば、「崇高」によって示される無限に、神が不在という形で告知され、冨田恭彦『カント哲学の奇妙な歪み』(岩波書店)は、カントが実は、特定の自然科学を前提しており、その結果、体系に歪みが生じたことを暴く。

進化論や心理学など、当時の先端科学を取り入れてなった『物質と記憶』の可能性を、平井靖史他編『ベルクソン『物質と記憶』を診断する:時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開』(書肆心水)は、大脳生理学や精神医学など今日の先端科学を用いて、大胆に展開した。

ケアの現場と交流する臨床哲学。いかに技術や科学知を磨いても「最後はお人柄」という西平直他著『ケアの根源を求めて』(晃洋書房)においては、技術を「脱学習」した「無心」の境地から、「ケアをするのは「私」なのか」という衝撃的問いがうまれる。

感情・情動・心理の哲学も近年、熱い。信原幸弘『情動の哲学入門』(勁草書房)は、『ソフィーの選択』などの事例をもとに、後悔・罪悪感など、情動の適不適を分析。ギブソンのエコロジカルアプローチを徹底する染谷昌義『知覚経験の生態学』(勁草書房)は、眼球や脳、また意識ではなく、環境に超越論的「ライセンス」を与える。

山内志朗『湯殿山の哲学:修験と花と存在と』(プネウマ舎)。西洋哲学において最も遠いものとされた「存在」は、春、すべてが花でおおわれ「存在が花する」時、最も近い、自分をつつんでくれるものと体得される。「世界は存在するものからなる」という前提から出発する柏端達也『現代形而上学入門』(勁草書房)は、性質や数学的対象、シャーロック・ホームズのようなフィクション、矛盾物などの非存在が存在するとはいかなることか、論理分析によって解明。

山中伸弥監修『科学知と人文知の接点』(弘文堂)。人の受精卵使用による倫理的問題を回避するはずのiPS細胞だったが、かえって、人造生殖細胞、キメイラなど、技術によって、人間がどう変化するのかという新たな倫理的問題が生まれる。

昨秋、急逝した「日本哲学界最後の碩学」神崎繁遺著『内乱の政治哲学:忘却と制圧』(講談社)。ドイツの無名雑誌に投稿された匿名論文は、カール・シュミットの手によるものだったという驚きにはじまる本書は、アガンベン、ホッブズなど、壮大な布石を打ちながら、ヨーロッパ近代政治哲学の根底にプラトン哲学があったことを明らかにする。しかもそれは、国家に内乱は不可欠とする、意外な主張だった。博識を駆使した穏やかで粘り強い思考が示す、失われた可能性の大きさに読者は嘆息するしかない。
この記事の中でご紹介した本
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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