日本キリスト教史 -年表で読む- 書評|鈴木 範久(教文館 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月6日

日本とキリスト教の問題を考える上での基礎的文献

日本キリスト教史 -年表で読む-
著 者:鈴木 範久
出版社:教文館
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日本におけるキリスト教とは何かを考えるとき、どうしても通史がなくてはならない。しかし、本書が世に問われるまで、それは存在しなかった。日本のキリスト教研究にも豊かな成果はあるのだが、宗派の壁を越えるのが難しかったのも、通史が存在しないところに遠因がある。

巻末に付された一一〇頁にわたる年譜、近代日本における広義の文学者が受洗した年の一覧なども、これまで近代日本とキリスト教の関係を考えた者の多くが、作成を夢想したことがあるのではないだろうか。

本書は、本当の意味での基礎的文献だ。これから日本とキリスト教という問題を主体的に考えようとする者は皆、ひとたびこの本を繙き、自分たちのありかを確かめながら、思索や研究を進めることになるだろう。

通史の場合、まずその始まりをどこに据えるかによって射程は大きく異なってくる。本書はその淵源を八〇四年、空海が唐に渡ったときに据える。空海は長安で景教に、ある深度でふれた可能性があるというのである。

景教とは、ニカイアの公会議で、正統であると認められなかったネストリウス派のキリスト教が中国で広まったときに付された名称である。ネストリウス派は、三位一体を認めない。さらにイエスの神性を受け容れない。

著者は空海とキリスト教の接触を否定しない。イエズス会士フランシスコ・サビエルが来日するのは、それからおよそ七百年後、一五一七年のことである。可能な限り実証的であろうとする著者は、この空白の期間に何があったかは、十一世紀、「マニ教の七曜の思想を習合した『宿曜経』が伝えられ」たことを別にすれば、ほとんどふれていない。

しかし、ここにはいわば見えない文字で記されている余白があるのを見過ごしてはならないのだろう。著者は、その間に何もなかったと考えているのではない。それが何であるかを十分に論証できるだけの史料がまだ世に表れていないことを示そうとしている。むしろ、空海とサビエルを結ぶことで未だ記されていない未知なる歴史の沃野があることを示そうとする。本書には同質の、これまでは見過ごされてきた接点を浮かび上がらせようとする、大胆な、しかし創造的な試みがいくつもある。その典型が最終章で論じられている内村鑑三と遠藤周作をめぐるものだろう。

両者は共によく知られる人物だが、直接の接点は少ない。遠藤は、強いて言えば父性的なキリスト教の実践者だった内村に対して畏敬の念を抱きつつも、必ずしも親近感を抱いていたわけではなかった。「母なるもの」と題する作品があることが象徴しているように遠藤は、母性と呼応するキリスト教を模索した。

著者はその違いを認識しながら、この二者を響き合わせることで日本におけるキリスト教に新生の時をもたらそうとしている。着目するのは、内村における「なぐさめ」と遠藤の文学の根底を流れる「ごたいせつ」の精神である。「ごたいせつ」は、キリシタン時代に翻訳された『どちりなきりしたん』で、「愛」を意味する言葉として用いられた。

未来の日本におけるキリスト教的霊性のありようを考えるにあたって著者は、まず鍵となる言葉を母語によって捉え直し、そこに深まりの可能性を見出そうとする。深化する思索がそのまま外部への開示につながること、それは著者が長年にわたって研究してきた、内村が考えた真の日本的キリスト教の特徴だった。

全一三章中著者ならではの視座がもっともよく示されていたのは第七章であるように思われた。「監督下の抵抗と順応」と題し、内村の無教会運動、不敬事件や田中正造と足尾銅山鉱毒事件などが語られている。なかでも幸徳秋水らが冤罪で処刑された大逆事件の一週間後、徳富蘆花が、当時の第一高等学校で行った講演が「謀反論」へと進む。一文士が、時代の権力に強く異議申し立てをした講演が、さまざまな危険を感じながら実行に移されるまでの筆致は、物語を鮮やかに描き出す作家のようでもあった。
この記事の中でご紹介した本
日本キリスト教史 -年表で読む-/教文館
日本キリスト教史 -年表で読む-
著 者:鈴木 範久
出版社:教文館
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2018年1月5日 新聞掲載(第3221号)
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