江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち / 佐藤 至子(吉川弘文館)出版統制をめぐる攻防の歴史を体系的に跡付ける 戯作者たちの生涯を見事に組み込む|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月6日

出版統制をめぐる攻防の歴史を体系的に跡付ける
戯作者たちの生涯を見事に組み込む

江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち
著 者:佐藤 至子
出版社:吉川弘文館
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戯作げさくとは何か〉。戯作者の世界はわかりにくい。ジャンルが洒落本・黄表紙から人情本・合巻と多岐にわたるからであるが、そもそも誰のための戯作であったのか。本書はたびたび取り締まりの対象となった戯作に対する統制の歴史をたどることにより、江戸の戯作を出版統制という角度から見つめ直そうとするものである。

本書の構成は寛政異学の禁による思想統制や出版統制令で情報の統制を図ろうとした松平定信の寛政の改革(1787~93)と、奢侈禁止といった常套的な政策よりスタートし、歌舞伎が弾圧され、戯作ではとくに合巻と人情本に厳しいまなざしが向けられた水野忠邦による天保の改革(1841~43)をメインとし、取り締まる側たる幕府当局が何を問題視し、作者や版元は統制をいかに対処したのかを、さらには、町の行政職である名主が読本の検閲に関わることになる文化期の統制が取り上げられている。

山東京伝は町人でありながら武士たちと交流し、「滑稽洒落第一の作家」(滝沢馬琴)と評された作家であるが、京伝人気を創り出し、田沼時代のやや開放的な雰囲気の中で黄表紙、狂歌絵本などの戯作や喜多川歌麿の浮世絵などを爆発的に売った板元(版元)蔦屋重三郎は天明・寛政期の江戸の出版文化を黒子に徹して支えた稀代のプロデューサーである。

寛政3年(1791)の筆禍事件。蔦重が京伝に懇請して書かせた洒落本三部作『仕懸文庫』、『娼妓絹籭』、『錦の裏』が寛政の改革を風刺したものとして幕府のやり玉にあがる。蔦重は身上半減(財産の半分を没収)の前代未聞の刑に、京伝は手鎖50日の刑に処せられる。

天保の改革では人情本の為永春水が犠牲者となった。天保12年(1841)版木焼き捨て、手鎖50日を命じられた。時代は異なるが、山東京伝、為永春水のいずれもがスケープゴート的な役割を担わされ処罰の対象となった。

処罰されたことで作家たちの執筆活動にどのような影響がもたらされたか? 春水は処罰の翌年に病死しているが、京伝に関して著者は筆禍事件によって、京伝は大きなショックを受け、洒落本の筆を折るが、「絵師北尾政演」としての才を生かし、寛政期後半からは読本を、文化期の初頭からは合巻をてがけ、この二つのジャンルの発展を導いた、と評している。当時の戯作界を代表する表現者として京伝が版元や読者の期待に応えて書き続けるためには、権力による周到かつ執拗な圧迫を押しのけ、禁令に抵触しない範囲で可能な表現を模索する以外に道はなかったことが明らかにされる。

出版物に対する統制が厳しさを増す時代状況の下で、板元・蔦重のしたたかさとともに、商業出版に組み込まれた戯作者として書き続けねばならなかった京伝の哀れにも迫る鋭い洞察がとりわけ感銘深い。

日本近世文学研究のエキスパートである著者による本書は江戸より現代に続く出版統制をめぐる攻防の歴史を体系的に跡付けるだけでなく、戯作者たちの生涯の軌跡を同時代の状況の中に見事に組み込んでみせる。何よりも叙述が簡潔明瞭で、戯作の定義を分かり易く説き起こすことからはじまり、数多い戯作から主要作品を選んで平易に紹介している。さらに著者は、出版統制下で作られた作品に戯作者たちの「表現の核」「譲れない部分」を読みとっている。門外漢から見ても大変な作業であることがわかる。
この記事の中でご紹介した本
江戸の出版統制  弾圧に翻弄された戯作者たち/吉川弘文館
江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち
著 者:佐藤 至子
出版社:吉川弘文館
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月5日 新聞掲載(第3221号)
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