目に見えない世界を歩く 「全盲」のフィールドワーク / 広瀬 浩二郎(平凡社)日本一文をめざして  人間の多様性に気づき、社会の多様性築く一助に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2018年1月7日

日本一文をめざして 
人間の多様性に気づき、社会の多様性築く一助に

目に見えない世界を歩く 「全盲」のフィールドワーク
著 者:広瀬 浩二郎
出版社:平凡社
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小学生時代、国語の授業の課題で個人文集を作ったことがある。学期中に書いた作文を集め、画用紙で表紙を付けた。僕は、文集の表紙にでかでかと「日本一文」と書いたことを憶えている。「これは日本一ではなく、日本に一つしかない文という意味です」と胸を張る僕を見て、担任の先生は苦笑していた。あれから40年。今回、本紙に一文を寄稿するに当たって、「日本一文」の思い出がよみがえった。もちろん、僕に日本一の文を書く実力はないが、この40年間、さまざまな意味で「一」にこだわってきたような気がする。

中学1年の時に失明した僕は、盲学校で点字を学んだ。点字は、視覚障害者が自由に読み書きできる究極の触覚文字である。僕が初めて書いたラブレターは点字だったし、大学入試も点字出題・点字解答で突破した。僕にとって点字は、自立と社会参加、すなわち一人前となるためのツールだった。大学入学後、僕はパソコン(音声ワープロ)を用いて、墨字(目で見る文字)を書くようになる。誰の手も借りず、独力でレポートを書き上げ、提出できた時の喜び、達成感は忘れられない。現在、僕が同僚とEメールで文書のやり取りをし、インターネットを介して種々の情報にアクセスできるのはICTの恩恵だろう。

僕が最初の単著を上梓したのは1997年である。当時はまだEメールが普及しておらず、原稿をパソコンで入力し、フロッピーディスクを出版社に郵送した。拙著の実物が自宅に届いた日、自分では読めない本の表紙を繰り返しさわり、ページをめくってインクのにおいを楽しんだ。僕にとって墨字の書籍は、触覚と嗅覚で実感するものである。本の原稿はパソコンの音声読み上げ機能で何度も推敲し、出版後はボランティアの音読で確認するので、聴覚もフル活用している。

多くの方々の支援を得て、今日に至るまで、僕は十数冊の著作を刊行してきた。点字で考え、音声パソコンで書く一文の積み重ねが本となるのは嬉しい。失明し、墨字が読めなくなった時、僕は点字の魅力・威力を知った。大学に入り、周囲の晴眼者(見常者)とのコミュニケーションに迷った時、パソコンは僕に勇気と希望を与えてくれた。僕は今、社会のマジョリティである見常者とは一味違う方法で本が書けることに満足している。一文を蓄積することにより、僕は「一人前」から「一味違う」へと成長したともいえよう。

12月に刊行された平凡社新書『目に見えない世界を歩く』は僕の半生を振り返り、これまでに取り組んできた研究を紹介する内容である。日常的に視覚以外の感覚を駆使している全盲者のライフスタイルは、見常者にとっては新鮮だろう。視覚優位、視覚偏重の世の中への異議申し立てなどと、大上段に振りかぶるつもりはない。視覚に頼らない人生の豊かさ、おもしろさをたくさんの方に伝えることができればと願っている。今回の新書の表紙カバーには点字でタイトルと著者名を入れた。点字が読める・読めないに関係なく、本の触感を味わっていただきたい。本は目で読むもの、されど手や耳、鼻でも楽しめる。拙著収載の一文を通じて、人間の多様性に気づく。その気づきが社会の多様性を築く一助になれば幸いである。「一味違う」僕の日本一文はまだ発展途上、これから触覚・嗅覚・聴覚でじっくり練り上げていきたい。
この記事の中でご紹介した本
目に見えない世界を歩く 「全盲」のフィールドワーク/平凡社
目に見えない世界を歩く 「全盲」のフィールドワーク
著 者:広瀬 浩二郎
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月5日 新聞掲載(第3221号)
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